有頂天




カガリはアスハ家の唯一の跡継ぎとして生まれ、育てられてきた。男子が継ぐのが慣例の“名家”と呼ばれる名ばかり重い厄介な家だったが、父ウズミが血筋の正当性を鑑みて正妻に迎えた女は体が弱く、唯一の出産が臨終の床になってしまったのだから仕方ない。しかも母の命と引き換えるように生を受けたのが女児だったのだから。

従ってアスハ家と同等の名家に名を連ねる家から輿入れした母を、カガリが直接知ることはないが、当時を知る使用人たちの口さがない噂話を聞き齧るに、気位ばかりが高く少々扱い辛い女だったようだ。仮にも母親を他人から悪く言われていて、面白いはずがなかったが、その温もりさえも知らないカガリには反論する余地も材料も有りはしなかった。しかもあくまでも噂話の範疇で、面と向かって言われればそれなりの対処も出来ただろうが、生憎それも叶わなかった。だから母の良くない話を耳にするたび、カガリは唇を噛んで耐えるしかなかったのだ。

そんな幼少期を過ごしたカガリにとって、父のウズミが後添えを求めないことが唯一の救いになっていた。他人から見れば評判の悪い母ではあっても、父と母はちゃんと通じあい、そこには夫婦としての絆がしっかりとあった証拠なのだと思えた。

父は常に忙しくしていて、たまに接する時もカガリに厳しく礼節を重んじた。幼い時分はそれを寂しく感じたりもしたが、全ては女でありながら行く行くはアスハ家を継がねばならないカガリへの薫陶だと、慰めてくれる養育係の言葉を受け入れることで何とか遣り過ごした。


そうして多少の鬱積や葛藤はあったものの、カガリは生まれ持った明るさに助けられて奔放に育ってきたのだ。


ともすればグラつきそうになる、不安定な足元。
それを見ないように正面から向き合うことのないように、前へ前へ。


それがこんなにアッサリと覆えされることになるなんて―――。



たったひとりの“きょうだい”の出現によって。




◇◇◇◇


「失礼!」
肩に軽い衝撃を受けて、カガリはハッと我に返った。


場所はこの国で最も歴史のあるホテルの一番上等なホール。アスハ家も名を連ねる“名家”の連中が時折集うパーティの最中だ。
今時こんなものはナンセンスだろうと思わないでもないが、これからも長く付き合っていかねばならない人間たちとの情報交換や親睦を深めておくには、こういう場も必要なのである。

因みにアスハ家の次期当主として教育を受けて育ったカガリは、他家の令嬢とは決定的に違った。名家の娘というものは、社会の風などに曝されることなく、ただひたすら厚い壁に守られた深窓の令嬢として育てられるのが常だ。おっとりと朗らかに。
カガリにしても仮に後継ぎとなれる男兄弟がいたなら、同様に育てられていた筈だ。かつての養育係の中には、そんなカガリの身の上を嘆き同情する者もいたが、ドレスアップしてお上品に振る舞わねばならないこの場に自分がそぐわないのは、育った環境の差で仕方ないと諦めている。交わされる会話は興味のないものばかりだけれど、鷹揚なご令嬢たちは多少異質なカガリのこともありのまま受け入れてくれたから、これまでも疎外感を味わうことなく何とか場数をこなして来られた。


今もそんなパーティの真っ最中だった。お嬢様大学でも同じ授業を取っている比較的共に過ごす数名が、身に付けた貴重そうな装飾品を誉め合ったりしている間、退屈でついぼんやり別のことを考えてしまっていた。
彼女らのお喋りが終わっていたことにも気付かず、突然腕を引かれて不覚にもよろめいて、すぐ傍に立っていた男にぶつかったのだ。
ぶつかったのはこちらなのに、カガリが女性だったからか、先に謝られてしまった。礼儀といえばそれまでだが、育てられた背景と真っ直ぐな性格のカガリはあまりこういった考え方は好きではない。女だから男だからではなく、悪い方が謝罪するのは当たり前のことだ。





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