訣別




キラは自分を何の魅力もない凡庸な人間だと思い込んでいる。だから血の繋がった実の父親ですら自分を捨てたのだと。親子関係が多少改善したらしい今以て、根本は変わっていない。
しかし事実はそうではないのだ。
努力したとはいえ父親の命令に従い、国の最高学府に現役合格してしまうような人間を、世間では凡庸とは評さない。それに加えて容姿は言わずもがなだが、何より選り取りみどり、引く手あまただったアスランをこれほどまでに惹き付けたのだ。そこのところをキラはどう説明する(必要はないが)というのだろうか。
無論そんな捻じ曲がった解釈は、これから時間をかけてじっくりと分からせてやるつもりだが、アスランだけが知っていればいい話だ。

が、無自覚は無防備に直結する。まだ自覚のないキラに不必要に他人を近付けさせたくないと警戒するのは、アスランの我儘だけではないはずだ。

「お前がそういう付き合いしかしてこなかったから、俺も周辺の男どもを威嚇するだけで済んでるってこと。もし誰彼構わず懐いていくようなタイプだったらと考えるとゾッとする」
「はあ!?」
「あの“後輩”だけじゃない。可能ならキラをどっかに閉じ込めて、誰にも見せたくないと思ってるくらいだからな、俺は」
なんだか恐ろしい台詞をサラッと投下された気がするが、その前の彼の言葉の方が気になってあまり良く聞いてなかったのは、キラにとって幸福だったのか、はたまたその逆か。
いずれにせよ背中を冷たいものが落ちる気分になることには、大差なかっただろう。
「威嚇…って、まさか……。最近アスランがよく僕の大学に顔を出す理由って―――」

「決まっている。お前に悪い虫がつかないように、見張るためだ。なんせお前は放っておくと、危なかしくて仕方ないからな」


さも当然とばかりに言い放ったアスランに、比喩ではなくキラの視界がグラリと揺らいだ。


「……キラ?」
俯いて頭を抱えたのを気配で察したのか、丁度赤信号で停車させたアスランが様子を伺ってくる。
「…………きみ、僕の姉の許嫁者ってことになってるの、忘れたわけじゃないよね?」
「不本意極まりないが仕方ない。キラの姉といっても名を聞いてくるような輩は皆無だし、俺をザラグループの後継者だと気付いてる者もいないだろう。それが条件だったよな?」
「そうだね。で、そうやって身分を偽ってまで僕の大学に顔を出すのは、ただの興味だって言ったよね、きみ確か。それって僕の専門分野のことだと思ったんだけど」
「ああ、お前の専門は興味深いぞ。だからお前を特別気に入ってるっていう教授とも懇意にさせてもらってる。ていうか、お前、父親よりも年上の爺さんまでタラシこむとは、一体どういう了見だ」
「タラシこむってなに!?てか、僕を騙してたの!?」
「人聞きの悪い。俺は単に“興味がある”と言っただけで、研究に限定したのはキラの勝手だ」
アスランが研究内容に興味があるというのは嘘ではないだろう。なにせ自分が不在でも、仲良く茶を啜っているくらいなのだ。
しかしだからといって寛容になれるわけがない。
「そーいうつもりなら、今後、一切立ち入り禁止にするからね!」
「ならば俺はお前の姉の許嫁者じゃなくて、お前の恋人でしたと暴露することになるが、構わないのか?」
「――う!」
「なんだ?俺が相手では不満か?」
キラは大いに逡巡した。知られるのが恥ずかしいというのとは、ちょっと違うのだ。寧ろ相手がアスランであるということは、自慢してもいいレベルだとさえ思う。だがまだ“恋人”だと公表するには抵抗があった。
「きみに不満かあるんじゃなくて…。なんていうが、僕の気持ちが追い付いてないっていうか」
頬を染めて、ごにょごにょと言い訳めいたものを並べるキラを、アスランはうっかり可愛いと思ってしまう。こういう顔を無意識に見せてしまうから、始末に悪いのだ。
「なら、諦めろ。お前が俺のものだと公言出来ないなら、俺もお前の周囲を威嚇し続けるからな」
半ばヤケクソに断言したアスランは、当然返るだろうキラの罵詈雑言に備えて身構えた。

が、キラは意外にも、ふんわりと口許を綻ばせたのだ。




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