訣別




それでもやはり恨み言のひとつも言ってやらないと気が済まないアスランは、これみよがしに溜息を吐き出した。
「お前がそうアッサリ切り捨てられるなんて、俺も最初っから期待してなかったがな」
「ちょっと。それ、どういう意味さ。僕が独りじゃ何にも出来ないっていうこと?」
勿論アスランは“キラが優しいから”切り捨てられないと言ったのだが、相変わらずの言葉足らずに加えて、受け取る側の気の強さは筋金入りときている。止める者でもあればこそ、雲行きは増々怪しくなって行くばかりだ。
「そうは言ってない」
非常に端的に事実だけを突き付ける冷静なアスランの切り返しは、キラの感情を更に拗らせるだけだった。
「言ったじゃないか!」
「違う!」
伝わらない苛立ちにアスランの声量も上がる。
「大体お前は無防備過ぎるんだ!周囲の男がお前をどう思ってるか考えたこともないから、そうやって後輩なんかに易々とつけこまれるんだろう!!」
怒鳴り付ける勢いでまくし立てられたキラは、目を見開いて絶句した。ポカンとした間抜けな口元が示すように、これは本気で解ってない。それでもアスランの怒声に一歩も引かない姿勢は流石だが。
「…―――――なに、それ?」
案の定過ぎるリアクションに、アスランを軽い頭痛が襲った。
「ほら見ろ!解ってないだろう!」
吐き捨ててから、アスランは漸くそこが往来であったのを思い出した。通行人はそう多くはないが、数人がチラチラとこちらを伺っている。男二人が辺りも憚らず痴話喧嘩(と気付かれていたかは謎だが)していれば、耳目を引くのもやむを得ない。
(今からじゃ、あの“後輩”とやらに追い付くのは無理だろうしな)
アスランは一度だけレイの去った方角に視線を向けただけで、掴まれていた腕を逆に掴み直すと、助手席側にキラを乱暴に放り込んだ。「痛いじゃない!放してよ!!」とかキラは色々喚いたが、その辺りはまるっと無視で、とって返すと自分も運転席へ戻ってエンジンをかける。
「……どこ行くの?」
「別に。ただもうここに居る必要もないだろう?」
レイを車で追い掛ける可能性を捨て切れなかったキラが、あからさまに警戒を解いたのを横目に、アスランはアクセルを踏み込んだ。




狙ったわけではなかったが、そのまま宛てどなく車を走らせていると、お互いの頭も冷えてくる。

「あのさ…何度も言ったけど。レイのことは‥きみが考えてるようなものじゃないから」

やがて隣からポツリと溢れてきた呟きに、あーやっぱり解ってないなと、増々アスランの頭痛は酷くなった。

なにも問題はレイに限ったものではないのだ。今のアスランはキラの気を惹くあらゆるものに嫉妬してしまうのだから。
その感情は自分でも驚くほど際限なく、キラが可愛いと思った通りすがりの犬や猫に対しても容易に発動した。ましてキラに好意を抱いている後輩を近付けるなんて以ての他だ。金輪際接触させたくない。
盗られるなんてヘマをするつもりはないが、それでも面白くないものは面白くないのだ。

――――要するに男の独占欲から派生する怒りなのだろう、これは。


周囲の悪友どもは、執着するものを持たなかったアスランの変わりようにとっくに気付いていて、内心では面白がってさえいるのに、肝心のキラだけがさっぱり解ってくれないのは、一体どういう皮肉な巡り合わせなのだろう。

とはいえここでまたもや苛立ちをストレートにぶつけたら堂々巡りにしかならない。アスランは刺々しくなる感情をグッと抑え込んだ。
「お前が他人に距離を置くよう徹してたのは辛い経験が原因だったらしいが、俺にとってはせめてもの救いだった」
キラの過去に触れる話題だけに、慎重に言葉を選んだのが幸いしてか、隣では首を捻る気配がした。
「あのさ、話が見えないんだけど」
キラにしてみればレイを断り切れなかった弁解をしたつもりが、全く明後日の反応を返されたようなものだ。

しかし鈍いにもほどがある。

この会話が初めてというわけでなく、キラとアスランはいつもあまり噛み合わない。きっとこれからもそうだろう。
でもアスランはそれでいいと思っている。




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