訣別




往生際悪く惚けてみたところで有耶無耶になどなりはしないと分かっていたが、もうそれしかキラに残された手札はなかった。
「あの“後輩”を、ちゃんと諦めさせたのかと訊いてるんだ」
直ぐ様言い逃れなど許さないとばかりに、キッチリと質問をぶつけられるだけ。
「……………………」
こうなっては無言を貫くしかない。下手な言い訳はヤブヘビにもなりかねないとばかりに、唇をへの字に引き結んで外方を向いたキラは、「やっぱりな」という低い呟きと共に、車のドアが開く音を聞いた。
「ちょ、どこ行くつもり!?」
振り返った時には、既に車から半身を乗り出していたアスランの上着の袖を、慌てて引っ掴む。振り払われたりはしなかったが、アスランは体を車内に戻すことも視線すら向けることもなく、答えは実に簡潔だった。
「駅方面へ歩いて行ったから、急げばまだ追い付ける」
「追い付いてどうするの!」
「お前が誰のものか、きっちり解らせる」
「止めてよ!冗談じゃない!!」
しかしアスランの意思は固いようで、とうとう車外へと出て行かれてしまった。キラも助手席側のドアから飛び出して、駆け出す直前のアスランの腕をなんとか捕まえた。

アスランがレイに直接話をつけるなんて、余りにも恥ずかし過ぎる。なにがなんでも阻止しなければ。


しかし間に合ってホッとしたのも束の間、ポケットに入れていたキーホルダーの鈴がチリンと重苦しい音を立てる。
「………………あ」
音は当然、すぐ傍のアスランの耳にもバッチリ届いてしまったのだろう。
キラは秀麗なアスランの美貌が鬼の形相に変わるのを間近で見るしかなかった。
「その鈴の音。…………キーホルダーは返すんじゃなかったのか?」
静か過ぎる声が却って恐怖心を煽る。これは相当怒らせてしまったなと、僅かに残ったまともな思考がキラに結論を突き付けた。


何を隠そう、このキーホルダーこそがこの騒動の発端なのだから、アスランがキレて至極当然の事態だった。




普段使いのキラの鞄に付けられていたキーホルダー。それでなくとも生活を切り詰めているキラが、そういった嗜好品をわざわざ買うとは思えない。常々不似合いだと思っていたアスランが経緯を訊いたのは、他愛もない雑談の中であった。
妙な勘ぐりをしていたわけではない。例えば母親に通じる思い出の品とかなら、纏わる話も聞けるかもしれないと思った。今のキラに不足があるのではなく、愛しているからこそ過去も未来も全てを手に入れたいという、貪欲な欲求の賜物だ。
が、訊いた場面が余りにリラックスした空気だった為か、キラもうっかり正直に答えてしまった。

それが良くなかったのだと思う。


烈火の如く怒り出したアスランが、「自らレイに叩き返す」と言い出して、「冗談じゃない。貰ったのは僕なのだから、返すなら自分で返す」という一悶着の末の、今日のレイとの一幕だった。因みに「付いて来るな」「一人で行かせられるか」の押し問答にはついに決着がつかず、「絶対にレイには姿を見られない」という条件付きの折衷案が採用された。
アスランが死角に車を停めていたのはこのためだ。




「……ごめん」
なんで僕がと思いつつ、キラは殊勝な顔を作ってみせた。レイがどう想ってくれようともキラがそれに応えるつもりは一切ないのだから、謝る筋合いではないとの考えは変わらない。何故自分がと思うと噴飯ものではあるが、アスランとレイを会わせるのだけは是が非でも避けたいキラとしては、名を捨てて実を取った。
要は時間稼ぎをすればいいのだ。レイが最寄りの駅に着いて電車に乗るなりしてくれれば、流石のアスランもそれを追い掛けてまでは行かないだろう。

果たしてアスランはキラの思惑とは少々違った意味で、呆気なくコロリと落ちた。
珍しく素直なキラを「可愛い」と思った所為だなどと、そんな内心のことを、キラが知る必要はない。アスランを引き止めるという目的は達したのだから。




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