訣別




「俺にだけ弱い部分を見せてもらえて嬉しかった。辛くなったらいつでも連絡ください。ヤケ酒は年齢的に俺はまだ無理ですが、愚痴の聞き役でいいなら付き合いますよ」


好意を受け入れられないと告げられたはずなのに、レイは上機嫌で席を立った。



後には呆然と連絡先の紙幣を手にするキラが、いつの間に置かれたものか、テーブルの上の返したはずのキーホルダーと共に残されたのであった。




◇◇◇◇


「首尾良く話しは進んだのか?」

件の喫茶店の出入口からは死角になる場所に停められていた、一台の黒いスポーツカータイプの車。
躊躇いもなく乗り込んだキラを、直ぐ様聞き慣れた声が迎えた。

勿論、声の主はこの車の所有者であり、キラの唯一無二の恋人である、アスラン・ザラである。

「てっきりお前の方が先に出てくると思っていたのに、あの“後輩”とやらが先に出てきたから、正直驚いたが――」
ナビシートに身を沈めたものの微妙に視線を合わせられずにいたキラは、内容から聞き捨てならない不穏なニュアンスを汲み取って、思わず隣の秀麗な美貌を睨み上げた。
「ち・ちょっと!まさかレイに見付かったりしてないだろうね!」
「まさか。そんなヘマはしないさ」
(……どうだか…)
わざとらしく眉を上げておどけて見せるアスランを、キラは尚も半目で睨みながら腹の底で悪態を吐いた。

そこはアスランのことだ。そんな馬鹿げたヘマはしないだろう。だがうっかり姿を見られたフリくらいなら、素知らぬ顔でやってのける。

しかし一切顔色を変えないアスラン相手に、これ以上キラが真実を知る手立ては無かった。認めたくはないが心理戦ではアスランの方が数倍上手なのだ。


実はお互いの気持ちが通じ合ってからというもの、ずっとアスランに負けっぱなしな気がしているキラである。

“恋人”となってからは時間の許す限り、アスランはキラに逢いに来てくれるようになった。その幸福をただ純粋に噛み締めていられたのは、ほんの束の間だった。
彼はいつの間にかキラの大学での知人たちにも接触を謀るようになっていたのである。キラが“アスハ家”の縁者であるのを周囲に知られたがっていないため、自らもあの“ザラ家”の後継者であることを伏せ、ただ“キラの姉の恋人”であると身分を偽ってまでも。
キラが気付いた時には、無駄に巧みな社交術を駆使して、アスランは顔パスの座を手に入れてしまっていた。
ある時など深夜スーパーのバイト上がりでクタクタになって研究室へ赴いたキラを、老教授と共に優雅にお茶を楽しみつつ迎えられた事もあった。

そういう自分のテリトリーまで、アスランがその気になりさえすれば、あっという間に侵食されていく様が、なんとも癪に障る。キラがいくら意地を張って周りと壁を作っても、彼一人の存在で呆気なく和やかな関係へと作り変えられて行くのだ。その証拠にここ最近、同じ授業を選択している学生たちから話しかけられる場面が明らかに増えた。言うまでもなくアスランの影響で、しかもキラも煩わしくて迷惑するはずが、周囲との隔てない交流をちょっぴり楽しく感じてもいた。

そしてこんなキラの心理は、きっと洗いざらいアスランに筒抜けなのだろう。

そういうまるで感情まで支配されているかのような部分が、甚だ面白くないのだ。
必死で人を拒絶しても、そんなもの、所詮は子供の悪あがきだと言われているようで。

尤もアスラン自身も自分から他人に近付くタイプではない。何を考えての行動なのか、彼の目論見ですら、未だキラには皆目見当が付かないでいる。
それもまた腹立たしさに拍車をかけていた。


認めない。認めたくないが、心理戦ではアスランの方が数段上なのだ。



今もアスランの軽率な行動を非難することで、巧みに本題から話題を反らせたつもりだった。が、キラのそんな小細工がアスランに通用することはなかった。

「そんなことよりも、キラ。まだ俺は質問の答えを貰ってないんだが」

「――――質問?って、えーっと。ごめん、なんだっけ?」




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