訣別




うなだれてしまったレイに罪悪感を募らせたキラは、好意を寄せてくれた相手にせめてもの誠意で応える必要に駆られた。望んだ相手に愛を返して貰えない辛さは、キラが一番よく知っていた。

レイは愚鈍ではない。寧ろ一を聞いて百を知るタイプだ。キラがどれほどの覚悟でアスランと共にあることを選んだのか、詳しく語られないまでも既に察してはいるだろう。ただ若さ故に黙って身を引くなんて器用な真似が出来ないだけで。
最早何を言われても、キラが決して気持ちを変えないことを。
だからといってレイの聡明さに甘えこのままなし崩しに彼の好意を無かったことにするなど、キラが最も取ってはならないやり方だ。

ここは自分の情けない部分を見せ、レイの幻想も壊しておくのがベストだと思った。
「アスランを疑っているわけじゃないんだけど。ほんとはね、今でも不安なんだ」
キラは眉を下げた。今から話すのは、誰にも知られなくない情けない自分の本心。

キラの中に棲みついた、あの綺麗な翡翠の星。手に入れられるなんて幸運が、まさか自分に訪れるとは思ってもみなかった。
だが前途はかなり多難だ。
今のキラはもうアスランの許婚者ではない。その座は呆気なく姉のカガリに奪われてしまった。それでもアスランがキラを望み続けてくれるなら、それはなによりも心強いに違いないが、同時に父親であるパトリックと決定的に対立させてしまうかもしれない。キラ自身は身内との対立は苦ではない。元々距離のある父や姉を失ったとしても、アスランさえいてくれればそれでいいと言い切れる。だがアスランにそれを捨てさせるような事態になってしまったら、自分は平気でいられるだろうか。
何よりこんな可愛くない性格では、いずれアスランの気持ちだって離れてしまうかもしれない。彼の周囲には常に魅力的な人間で溢れている。カガリに気持ちが傾くことはなくても、他に同等かそれ以上の女性が現れれば、キラなどあっという間に霞んでしまうだろう。未来は誰にも分からないし、そうなったとて誰にも責められない。
自分から彼を手放すつもりは毛頭ない。だがアスランが離れていく原因が、キラにもあったとしたら。

また自分は独りになる。


それが堪らなく不安だった。




「アスランと共に居たいと決めたのは僕自身。その決断に後悔はないし、今はアスランを手放すつもりもないよ。でも起こってもない未来が怖い。……情けないよね」
「………………」
レイは俯いたまま、何も答えない。
あぁ、幻滅されたんだろうなと思うとチクリと胸が痛んだが、それこそが自分の目的だったではないかとキラは密かに自嘲した。
「しかもね、自分の我儘を通すために、血の繋がった姉を罠に嵌めようとしてるんだから、ほんと汚い」

ニコルやイザークたちの言っていたことを思い出す。彼らはきっかけを提供するだけで、それに嵌まるかどうかはカガリの選択に任せるという。確かに理屈はそうだが、男にまるで免疫のない彼女が、突然チヤホヤされたら、絆されるのは目に見えていた。カガリにはそういう名家の令嬢には見られない考えなしの行動を取ってしまう所があった。
それを分かっていて、キラはイザークたちを止めなかった。彼らよりカガリのことを理解している分、罪は重い。

「…―――先に何が待っているか分からなくて足が鋤くんでるくせに、僕はアスランを諦められないんだ。勝手でしょ?」
「……………るい…か…」
レイが無言のままだったら、キラはそのまま立ち去ろうと思っていた。弁解の余地などないし、寧ろキラの内面を知り幻滅して欲しかったのだから、これでいいのだとさえ。
だが相変わらず俯いていたレイから小さな呟きが聞こえた気がして、キラは浮かせかけていた腰を下ろした。
「ごめん、よく聞こえな――」
同時に上げられたレイの顔からは、当然そこにあるはずの自分に対する侮蔑だとか落胆だとか、そういった負の感情が読み取れず、キラは軽く狼狽えた。
「貴方の言う我儘や勝手さはそんなに悪いものですか?と訊いたんです。俺はそうは思わないし、貴方がそうやって自分で自分を貶めるなら、俺が貴方の味方でいようと思います」
「味方?」
「ええ。貴方のそういうモヤモヤした感情の捌け口になると言ってるんです」
あれ?何だかこれは予想外の方向へ話が進んでいると気付いた時には、レイはすっかり落ち着きを取り戻していて、冷めたコーヒーを飲み干した。
「あの男には絶対に出来ない役回りでしょう?」
確かにその通りだ。キラがアスランにこんな不安を抱えていると言うことはないだろう。




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