訣別
・
「これ、お返しするね」
代理でバイトをすることの多かった、勝手知ったる馴染みの喫茶店。
その一番奥まったテーブルに差し向かいで座ったレイに、キラは掌を差し出した。途端、チリンと涼やかな音が耳に届く。
「これは…」
握られていたのは小さな鈴のついたキーホルダー。新品ではない。
無論レイには見覚えがあった。以前クリスマスプレゼントにと、自分が贈ったものだったからだ。
レイは一方的にキラを好いていて、クリスマスに託つけて何か贈りたいと思ったのだが、豪華な物ではキラは受け取らない。それで悩みに悩んで、ふと目についたこれを買ったのだ。
こんなとるに足らない安物を大事に取ってあって、しかもわざわざ返す為にキラは自らにとっても母校に当たる高校の前で、レイが現れるのを待っていた。尤も姿を見た瞬間、返却がただの口実で、レイにとっては辛い現実を言い渡されるものだと、すぐに悟ったのだが。
キラは決めたのだ。
あの翡翠の瞳を持つ男と添うために。
「――――あの男、ヤマト先輩には勿体ないと思いますけど」
「僕が?反対だよ。僕なんかに彼は勿体ない。釣り合いが取れてないのも分かってる」
自らを卑下しながらもキラは幸せそうだ。
レイはテーブルの下で戻って来たキーホルダーを壊れるほど握り締めた。
「俺の方がヤマト先輩を幸せに出来る」
「う~ん…。それはそうかもねぇ」
「後悔、しますよ?」
「だろうね」
言葉ばかりがお互いの間を空々しく滑り落ちる。こんなのはみっともないだけだ。いくら縋ってみたところでキラは意志を変えないし、困らせるだけなのに。
キラは冷め始めたココアをゆっくりと口に含んだ。
「僕はね、誰にも頼らず生きて行こうって決めてたんだ。詳しくは恥ずかしくて省くけど、きみと会った時もまだそんなこと考えてたなぁ」
理由を話さないのは、話せないからだ。つまりキラの中ではまだ昇華し切れてないのだろう。若しくはレイが話すに値しない相手だからか。
それをとても寂しいと思っても、今となってはレイに何かしてやる手立ては残されてない。
「でもアスランはそんな僕の気持ちを変えてくれたから」
過去に触れた所為で哀しげな表情の中にも、口元は僅かに綻んでいる。それがまたキラの持つ儚さを際立たせていて、レイは一瞬息を飲んだ。
しかしその風情を物分かり良く諦められるほどには、レイはまだ大人ではなかった。ただただ悔しい。
「俺にも――チャンスを貰えませんか?そうすれば、きっと!」
「……………………」
「ヤマト先輩を振り向かせてみせます!!」とは言えなかった。言ってもせんないことだ。案の定、キラは小さく首を傾けて、苦い笑みを浮かべた。
やがて視線は逸らされ、窓の外へと向けられる。
「僕がアスランに反発してたのは、親しくなればなるほど、彼が僕の必死に守ろうとしている穏やかな場所を、勝手に踏み荒らすって予感があったからだと思う。僕はずっとその閉じた場所でたゆたっていたかったから。僕の深淵へ介入する危険性のある相手は、出来るだけ遠ざけておきたかった。だけど最初から無駄な抵抗だったんだ。だって結局、僕、アスランに一目惚れだったと思うから」
「!」
「アスランに会った瞬間から、守りたかった穏やかな場所なんて、とっくに崩壊してたんだよ」
レイは自分が大きな誤解をしていたことに気付いた。
一方的にアスランがキラを口説いたのだと思っていた。ところがそうではなく、接近する機会をキラが与えていたのだ。そうして二人は反発し合いながらも、無意識に距離を縮めて行ったのだろう。
無自覚だったとはいえ、出会った瞬間から悪からず想い合っていたのだから、これはもう当然の帰結だった。
だとすれば目を細めて話すキラは、今もアスランの顔を思い描いているのだろう。
目の前のレイを見ることなく。
「きみには険悪な部分しか見せてなかったから、余計な期待を持たせちゃった…なんて言ったら自惚れかな」
「……いえ」
自分では役不足。キラの心を無理矢理暴きたて、ましてや受け止めることなど到底不可能だ。分かり切ってはいても、引き絞られるような胸の痛みが緩和されるわけではない。
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「これ、お返しするね」
代理でバイトをすることの多かった、勝手知ったる馴染みの喫茶店。
その一番奥まったテーブルに差し向かいで座ったレイに、キラは掌を差し出した。途端、チリンと涼やかな音が耳に届く。
「これは…」
握られていたのは小さな鈴のついたキーホルダー。新品ではない。
無論レイには見覚えがあった。以前クリスマスプレゼントにと、自分が贈ったものだったからだ。
レイは一方的にキラを好いていて、クリスマスに託つけて何か贈りたいと思ったのだが、豪華な物ではキラは受け取らない。それで悩みに悩んで、ふと目についたこれを買ったのだ。
こんなとるに足らない安物を大事に取ってあって、しかもわざわざ返す為にキラは自らにとっても母校に当たる高校の前で、レイが現れるのを待っていた。尤も姿を見た瞬間、返却がただの口実で、レイにとっては辛い現実を言い渡されるものだと、すぐに悟ったのだが。
キラは決めたのだ。
あの翡翠の瞳を持つ男と添うために。
「――――あの男、ヤマト先輩には勿体ないと思いますけど」
「僕が?反対だよ。僕なんかに彼は勿体ない。釣り合いが取れてないのも分かってる」
自らを卑下しながらもキラは幸せそうだ。
レイはテーブルの下で戻って来たキーホルダーを壊れるほど握り締めた。
「俺の方がヤマト先輩を幸せに出来る」
「う~ん…。それはそうかもねぇ」
「後悔、しますよ?」
「だろうね」
言葉ばかりがお互いの間を空々しく滑り落ちる。こんなのはみっともないだけだ。いくら縋ってみたところでキラは意志を変えないし、困らせるだけなのに。
キラは冷め始めたココアをゆっくりと口に含んだ。
「僕はね、誰にも頼らず生きて行こうって決めてたんだ。詳しくは恥ずかしくて省くけど、きみと会った時もまだそんなこと考えてたなぁ」
理由を話さないのは、話せないからだ。つまりキラの中ではまだ昇華し切れてないのだろう。若しくはレイが話すに値しない相手だからか。
それをとても寂しいと思っても、今となってはレイに何かしてやる手立ては残されてない。
「でもアスランはそんな僕の気持ちを変えてくれたから」
過去に触れた所為で哀しげな表情の中にも、口元は僅かに綻んでいる。それがまたキラの持つ儚さを際立たせていて、レイは一瞬息を飲んだ。
しかしその風情を物分かり良く諦められるほどには、レイはまだ大人ではなかった。ただただ悔しい。
「俺にも――チャンスを貰えませんか?そうすれば、きっと!」
「……………………」
「ヤマト先輩を振り向かせてみせます!!」とは言えなかった。言ってもせんないことだ。案の定、キラは小さく首を傾けて、苦い笑みを浮かべた。
やがて視線は逸らされ、窓の外へと向けられる。
「僕がアスランに反発してたのは、親しくなればなるほど、彼が僕の必死に守ろうとしている穏やかな場所を、勝手に踏み荒らすって予感があったからだと思う。僕はずっとその閉じた場所でたゆたっていたかったから。僕の深淵へ介入する危険性のある相手は、出来るだけ遠ざけておきたかった。だけど最初から無駄な抵抗だったんだ。だって結局、僕、アスランに一目惚れだったと思うから」
「!」
「アスランに会った瞬間から、守りたかった穏やかな場所なんて、とっくに崩壊してたんだよ」
レイは自分が大きな誤解をしていたことに気付いた。
一方的にアスランがキラを口説いたのだと思っていた。ところがそうではなく、接近する機会をキラが与えていたのだ。そうして二人は反発し合いながらも、無意識に距離を縮めて行ったのだろう。
無自覚だったとはいえ、出会った瞬間から悪からず想い合っていたのだから、これはもう当然の帰結だった。
だとすれば目を細めて話すキラは、今もアスランの顔を思い描いているのだろう。
目の前のレイを見ることなく。
「きみには険悪な部分しか見せてなかったから、余計な期待を持たせちゃった…なんて言ったら自惚れかな」
「……いえ」
自分では役不足。キラの心を無理矢理暴きたて、ましてや受け止めることなど到底不可能だ。分かり切ってはいても、引き絞られるような胸の痛みが緩和されるわけではない。
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