犬も食わず




だから理解出来なかったのはアスランではなく自分の行動だ。何がそんなに耐えられなかったのかと、何度も目撃した場面を思い返してみる。その都度生じる胸の痛みに、キラが理由に思い当たったのは、その日最後の荷物を配達し終わった時だった。随分と長考していたものだと、我ながら呆れた。
(あー、成る程ね…)
なんのことはない。アスランと隣に立つ女性が、妙にしっくりしていた所為だ。
嫉妬とかそういう激しい感情ではない。そんなものはアスランが自分を選んでくれて、キラもそれを受け入れた時に置いてきた。
ただ“女性”と並ぶアスランの姿があまりにも“当たり前”過ぎて。
頭で理解しているつもりでも、やはり目の前に突き付けられるとショックだった。
たったそれだけのこと。

多分あのまま声をかけていたら、アスランはちゃんとキラを見てくれたはずだ。いつもキラに向けてくれる、特別に甘い瞳で。
「馬鹿みたい…」
呟きがポツリと零れた。後でこんなに悩むくらいなら、アスランの傍に行けば良かったのだ。アスランの隣はいつでもキラの場所なのだから。



結論が出た時点で目撃してしまった場面は、記憶の彼方へと葬り去ったつもりだった。だがやっぱりどこかで気にしていたのだろう。だから小競り合いになって感情が高ぶった途端、つい“女”なんて言葉を口走ってしまった。

(だぁあぁぁ~!!恥ずかしい~~っ!!)
売り言葉に買い言葉で“女”と言ってしまった直後、訝しんだアスランの顔が忘れられない。
解らなくて当たり前だ。
キラが勝手にショックを受けて、勝手に嫉妬しただけで、アスランには女に色目を使った覚えなど全くないのだから。
その上折角のプレゼント(規格外に過ぎるとはいえ)を突っぱねてしまった。それだって結局は“ザラ家の子息”に対する僻みみたいなものだ。
もうずっと誕生日を祝ってくれるような相手はいなかったのだから、受け取るかどうかは別にして、素直に喜んでみせれば良かったのに。
(僕って…最低)
居たたまれなくなって、キラは頭からシーツを被った。こんな自分は見られたくない。誰もいないと分かっていても、そうせずには居られなかった。


キラがプレゼントを袖にしたことを後悔しているというニコルの読みは、当たっていたのである。




◇◇◇◇


(…――――ちょっと、頭痛い…かな?)

目を開けたら朝だった。
どうやらあのまま眠ってしまっていたらしいと、ぼんやりと現状を把握した。季節は寒かったり暑かったりを繰り返しながら、夏本番へと向かう時期で、昨夜はその寒い方の夜だったようだ。手指の先が感覚を失うほど冷えている。
尤もこの僅かな頭重感は、気候の所為ばかりではないだろう。知恵熱とまではいかないが、色々と考え過ぎて、寝る直前まで腹が立ったり自己嫌悪に陥ったりしたからに違いない。それに途切れ途切れに夢を見ていた記憶がある。はっきりと覚えてないものの、楽しいものだった感じはないから、きっと眠りも浅かった。
(…シャワーでも浴びよっかな)
指を曲げ伸ばししてみても、すぐに感覚は戻ってきそうにない。一旦こうなってしまうと冷え性のキラは、何かで暖を取らないと温まることはないのだ。そんなところだけ女性のような自分に舌打ちし、チラリと壁の時計を見上げた途端、まだ半分寝ていた頭が一気に覚醒した。既に昼近い時刻だった。
「もうこんな時間!バイト!!」
あんなことがなければ、昨夜はずっとアスランと過す予定だった。本当なら今日も休みたかったのだが、生憎とバイトたちの休みが重なっていて、雇用主に給料に色を足すからと頭を下げられ、昼から出勤する手筈になっていたのだ。




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