犬も食わず
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自分で断ったクセに実際にアスランに放り出されてしまうと、それはそれで寂しくなった。心の底では追い掛けて欲しかっただなどと、何処の三文小説だ。シャレにもならない。
自分の傲慢さと素直になれない性格が心底嫌になりそうだ。折角少しずつ、自信を持ってもいいのかなと思い始めていた所だったのに。
今その思考にまともに向き合えば果てしなく落ち込みそうで、キラは必死で別のことを考えようとした。が、やはり頭を占めるのはアスランのことばかりで。
(そういえば…アスラン、何処へ行っちゃったのかな)
今日の逢瀬はキラのバースデーのお祝いデートが名目だったから、あのアスランのことである。きっと完璧なデートコースを計画していたに違いない。レストランなんかも予約して、スマートにエスコートするつもりだったはずだ。実をいえばそういう扱いをされると、未だ照れが先に立つ。女顔で華奢なところは認めざるを得ないが、キラはちゃんとした男なのだから、女性扱いは気恥ずかしい。
それでもアスランが祝ってくれる事実がただ単純に嬉しかった。
今日を本当に楽しみにしていたのだ。
なのにどこをどう間違ったのか、キラは今独りでいる。
(…誰か、適当な女の人の所にでも行ったのかなぁ)
キラのために用意されたデートコースを無駄にするのも惜しいと、アスランは考えたかもしれない。
ぼんやりと天井を眺めながら、辿り着いた結論にキラは唇を歪めた。いかにも有りそうだなと、歪めた唇は直ぐ様自嘲の笑みに取って代わる。
晴れて誰に憚ることもなく恋人になって以降、アスランは女遊びをしなくなった。それを疑うつもりなど毛頭ない。アスランを疑っているのではなく、やはり自分に自信が持てないだけなのだ。
本当に自分でいいのだろうかという思いは、事あるごとに、常にキラを苛む。
きっかけはあった。
先日偶然見てしまった光景が、目を閉じてみても、目蓋の裏に蘇った。
今キラはバイク便のバイトをしている。バイク便とはいえキラは免許がないから自転車での配達専門で、キツいのも承知の上だった。しかし纏まった金額が必要だったのだから仕方ない。
主な仕事はオフィス街での配達業務。こういうビル街には駐車場が少ないから、身軽に動けるバイク便は重宝されるらしい。渋滞も車ほど影響を受けないから、好まれるということだった。運ぶ荷物も書類程度で大きいものは少ない。従って配達する側もバイクや自転車で充分で、どちらにとっても好都合なのだろう。
最近アスランが父親の会社を手伝うようになったと聞いていたから、ひょっとしたら、という期待めいた予感は最初からキラの中にあった。
その予感は見事に的中し、ある日、とある高層ビルから見慣れた宵闇色が出て来るのを視界の端で捉えたのだ。
「アスラ―――」
嬉々として上げかけた声は、しかし途中で喉の奥で絡まって止まってしまった。
人違いだったわけではない。まだ距離は遠かったものの、それは確かにアスランだった。
難しい顔で携帯を使っていたのだが、それだけならキラはアスランが気付くまで声をかけただろう。でもすぐ後ろから小走りに駆け寄って来たスレンダーな女性の姿まで見えてしまった。
かなり慌てていた様子だったから、靴が何かに引っ掛かりでもしたのだろうか。彼女は突然前のめりに姿勢を崩し、咄嗟に差し出したアスランの腕に縋りついた。
直後彼女は吃驚したようにアスランから身を離し、助けてもらった礼のためか、何度も頭を下げた。電話中のアスランは気にするなと言わんばかりに手で制し、やがて通話を終えると、彼女が手にしていたファイルを二人で覗き込んだのだ。
勘ぐるような相手ではないのは一目瞭然だ。彼女の服装は地味目のスーツだったし、肩より長い赤い髪も後ろでひとつに纏められている。仕事の範疇から一切外れた所はなかった。
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自分で断ったクセに実際にアスランに放り出されてしまうと、それはそれで寂しくなった。心の底では追い掛けて欲しかっただなどと、何処の三文小説だ。シャレにもならない。
自分の傲慢さと素直になれない性格が心底嫌になりそうだ。折角少しずつ、自信を持ってもいいのかなと思い始めていた所だったのに。
今その思考にまともに向き合えば果てしなく落ち込みそうで、キラは必死で別のことを考えようとした。が、やはり頭を占めるのはアスランのことばかりで。
(そういえば…アスラン、何処へ行っちゃったのかな)
今日の逢瀬はキラのバースデーのお祝いデートが名目だったから、あのアスランのことである。きっと完璧なデートコースを計画していたに違いない。レストランなんかも予約して、スマートにエスコートするつもりだったはずだ。実をいえばそういう扱いをされると、未だ照れが先に立つ。女顔で華奢なところは認めざるを得ないが、キラはちゃんとした男なのだから、女性扱いは気恥ずかしい。
それでもアスランが祝ってくれる事実がただ単純に嬉しかった。
今日を本当に楽しみにしていたのだ。
なのにどこをどう間違ったのか、キラは今独りでいる。
(…誰か、適当な女の人の所にでも行ったのかなぁ)
キラのために用意されたデートコースを無駄にするのも惜しいと、アスランは考えたかもしれない。
ぼんやりと天井を眺めながら、辿り着いた結論にキラは唇を歪めた。いかにも有りそうだなと、歪めた唇は直ぐ様自嘲の笑みに取って代わる。
晴れて誰に憚ることもなく恋人になって以降、アスランは女遊びをしなくなった。それを疑うつもりなど毛頭ない。アスランを疑っているのではなく、やはり自分に自信が持てないだけなのだ。
本当に自分でいいのだろうかという思いは、事あるごとに、常にキラを苛む。
きっかけはあった。
先日偶然見てしまった光景が、目を閉じてみても、目蓋の裏に蘇った。
今キラはバイク便のバイトをしている。バイク便とはいえキラは免許がないから自転車での配達専門で、キツいのも承知の上だった。しかし纏まった金額が必要だったのだから仕方ない。
主な仕事はオフィス街での配達業務。こういうビル街には駐車場が少ないから、身軽に動けるバイク便は重宝されるらしい。渋滞も車ほど影響を受けないから、好まれるということだった。運ぶ荷物も書類程度で大きいものは少ない。従って配達する側もバイクや自転車で充分で、どちらにとっても好都合なのだろう。
最近アスランが父親の会社を手伝うようになったと聞いていたから、ひょっとしたら、という期待めいた予感は最初からキラの中にあった。
その予感は見事に的中し、ある日、とある高層ビルから見慣れた宵闇色が出て来るのを視界の端で捉えたのだ。
「アスラ―――」
嬉々として上げかけた声は、しかし途中で喉の奥で絡まって止まってしまった。
人違いだったわけではない。まだ距離は遠かったものの、それは確かにアスランだった。
難しい顔で携帯を使っていたのだが、それだけならキラはアスランが気付くまで声をかけただろう。でもすぐ後ろから小走りに駆け寄って来たスレンダーな女性の姿まで見えてしまった。
かなり慌てていた様子だったから、靴が何かに引っ掛かりでもしたのだろうか。彼女は突然前のめりに姿勢を崩し、咄嗟に差し出したアスランの腕に縋りついた。
直後彼女は吃驚したようにアスランから身を離し、助けてもらった礼のためか、何度も頭を下げた。電話中のアスランは気にするなと言わんばかりに手で制し、やがて通話を終えると、彼女が手にしていたファイルを二人で覗き込んだのだ。
勘ぐるような相手ではないのは一目瞭然だ。彼女の服装は地味目のスーツだったし、肩より長い赤い髪も後ろでひとつに纏められている。仕事の範疇から一切外れた所はなかった。
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