犬も食わず
・
「僕もイザークに賛成です。さっさと謝ってしまうのがいいと思います」
「俺が、か!?」
自分から謝罪するのが業腹なのだろう、尚も抗議しようとするアスランを、ニコルは綺麗に無視した。そもそもこれ以上馬鹿らしくて付き合ってなどいられない。
「善は急げです。もうこんな時間ですしキラさんも自宅にいらっしゃるでしょう。ディアッカ、車を呼んでくださいますか?」
「おー」
「待て!俺は行くなんて一言も――」
「ほんとはアスランも心配なんでしょう?」
「!」
主語はなかったが、ニコルが何を言っているのかは明白だった。
アスランもキラと全く連絡が取れなくなっているのをおかしいと思い、心配しているのだ。だが仲違いした経緯があるから、こちらから出向くのはいかにも癪に障った。
そんなくだらない葛藤を紛らわせたくて、こんな所でウダウダしていただけなのだ。単にきっかけを与えてもらいたかったのかもしれない。
見抜かれてるなと苦笑しながらも、アスランは立ち上がった。ここまで言われて意地を張るほど愚かではない。
感謝の言葉ひとつなく店を出るアスランの背中を呆れたように見送ったニコルは、直ぐ様イザークに視線を戻した。
「………何だ」
「流石“お兄ちゃん”ですね」
「ふん!」
茶化したせいかイザークの反応は予想通り子供っぽいものだった。年齢だけで言えば確かにイザークとディアッカはアスランよりも上だ。普段はそんな微々たる年齢差を意識する場面は皆無だが、少しは見直してもいいのかもしれない。
「…キラが心配だっただけだ」
「ええ。本当に」
追加の酒を呷りながらポツリと漏れた言葉に、ニコルも眉を下げて同意したのだった。
◇◇◇◇
時間は二人が喧嘩別れした直後に戻る。
“出かけない”と宣言してアパートへと逃げ帰ったキラは、その足でベッドに倒れ込んだ。
「…………アスランの馬鹿」
ボツリと呟いて無理矢理に目を閉じた。それでなくても今珍しく長期のバイトを入れているから、何時にも増して忙しい身なのだ。空いた時間を有効に睡眠時間に当てさせてもらってなにが悪い。
実体がただのフテ寝であろうと、どうせ突っ込む人間などいやしないのだから、開き直って全身から力を抜いた。
アスランが金持ちの息子であることは嫌と言うほど思い知っている。資産家に対する偏見も少なくなり、かつてのように、それが彼の“失点”には繋がらなくなったというだけだ。しかしアスハ家からの援助を最低限にしたいがために、日々勉学とバイトの両立に邁進する自分との格差は、甚大だと改めて突き付けられた。あの白い車がその象徴だった。
アスランにそんなつもりは露ほどもない。それは分かっている。だがポンと車のなんかプレゼントされてしまっては、キラの張っている意地などくだらないものだと嘲笑れているような、卑屈な気分にもなろうというものだ。
それにここまで価値観の違う相手と、この先上手くやって行けるのだろうか。先行きを大いに不安に感じた。それでなくても他を一切排除する生き方を選んできたこれまでのキラには、人付き合いのスキルに自信などありはしなかった。
疲れているはずなのに、鬱々と考え込むキラに、中々眠りは訪れてはくれない。転々と寝返りをうつキラの耳に、やがて遠ざかる車の音が届いた。どうやらアスランは弁解もせず、あっさりと帰ってしまったらしい。高級車の小さなエンジン音まで筒抜けてしまう安普請のアパートにまで腹が立ってきて、半ば八つ当たり気味に舌打ちしたキラは頭から布団を被った。
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「僕もイザークに賛成です。さっさと謝ってしまうのがいいと思います」
「俺が、か!?」
自分から謝罪するのが業腹なのだろう、尚も抗議しようとするアスランを、ニコルは綺麗に無視した。そもそもこれ以上馬鹿らしくて付き合ってなどいられない。
「善は急げです。もうこんな時間ですしキラさんも自宅にいらっしゃるでしょう。ディアッカ、車を呼んでくださいますか?」
「おー」
「待て!俺は行くなんて一言も――」
「ほんとはアスランも心配なんでしょう?」
「!」
主語はなかったが、ニコルが何を言っているのかは明白だった。
アスランもキラと全く連絡が取れなくなっているのをおかしいと思い、心配しているのだ。だが仲違いした経緯があるから、こちらから出向くのはいかにも癪に障った。
そんなくだらない葛藤を紛らわせたくて、こんな所でウダウダしていただけなのだ。単にきっかけを与えてもらいたかったのかもしれない。
見抜かれてるなと苦笑しながらも、アスランは立ち上がった。ここまで言われて意地を張るほど愚かではない。
感謝の言葉ひとつなく店を出るアスランの背中を呆れたように見送ったニコルは、直ぐ様イザークに視線を戻した。
「………何だ」
「流石“お兄ちゃん”ですね」
「ふん!」
茶化したせいかイザークの反応は予想通り子供っぽいものだった。年齢だけで言えば確かにイザークとディアッカはアスランよりも上だ。普段はそんな微々たる年齢差を意識する場面は皆無だが、少しは見直してもいいのかもしれない。
「…キラが心配だっただけだ」
「ええ。本当に」
追加の酒を呷りながらポツリと漏れた言葉に、ニコルも眉を下げて同意したのだった。
◇◇◇◇
時間は二人が喧嘩別れした直後に戻る。
“出かけない”と宣言してアパートへと逃げ帰ったキラは、その足でベッドに倒れ込んだ。
「…………アスランの馬鹿」
ボツリと呟いて無理矢理に目を閉じた。それでなくても今珍しく長期のバイトを入れているから、何時にも増して忙しい身なのだ。空いた時間を有効に睡眠時間に当てさせてもらってなにが悪い。
実体がただのフテ寝であろうと、どうせ突っ込む人間などいやしないのだから、開き直って全身から力を抜いた。
アスランが金持ちの息子であることは嫌と言うほど思い知っている。資産家に対する偏見も少なくなり、かつてのように、それが彼の“失点”には繋がらなくなったというだけだ。しかしアスハ家からの援助を最低限にしたいがために、日々勉学とバイトの両立に邁進する自分との格差は、甚大だと改めて突き付けられた。あの白い車がその象徴だった。
アスランにそんなつもりは露ほどもない。それは分かっている。だがポンと車のなんかプレゼントされてしまっては、キラの張っている意地などくだらないものだと嘲笑れているような、卑屈な気分にもなろうというものだ。
それにここまで価値観の違う相手と、この先上手くやって行けるのだろうか。先行きを大いに不安に感じた。それでなくても他を一切排除する生き方を選んできたこれまでのキラには、人付き合いのスキルに自信などありはしなかった。
疲れているはずなのに、鬱々と考え込むキラに、中々眠りは訪れてはくれない。転々と寝返りをうつキラの耳に、やがて遠ざかる車の音が届いた。どうやらアスランは弁解もせず、あっさりと帰ってしまったらしい。高級車の小さなエンジン音まで筒抜けてしまう安普請のアパートにまで腹が立ってきて、半ば八つ当たり気味に舌打ちしたキラは頭から布団を被った。
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