犬も食わず




「別れるつもりは無さそうで安心しました。因みに喧嘩したのはいつですか?」
「…………………先月」
「は?」
ニコルが聞き返したのは別に聞こえなかったからではない。
既に月が変わって数日経過していた。キラの誕生日が何日なのか詳しく知らなくても、日数が経ち過ぎているのが分かって舌打ちする。こういうことは早ければ早いほど、拗れなくていいのが定石だからだ。
「まさかその間、一度も連絡を採らなかったなんていうんじゃないでしょうね」
「それはない」
「じゃあどうして今まで引っ張ってるんですか!」
「しょうがないだろう!何度電話しても出ないし、メールにだって返信がないんだ!」
ニコルの声に釣られるように、アスランも高揚する。それでもニコルの脳内は当事者ではないだけに冷静だった。

キラは確かに気が強い。一度怒らせたら中々難しいタイプだ。しかしそれは相手が一方的に悪い場合に限られる。今回のような両成敗とも取れる諍いを、いつまでも引き摺るとは思えなかった。当事者であり恋愛初心者のアスランは全く気付いていないようだが、はっきりいってキラらしくない。アスランの話を鵜呑みにするなら、今頃は規格外だったとはいえ、プレゼントを突っぱねた自分に後悔していてもおかしくないだろう。自分から折れることは出来なくても、仲直りのきっかけに使えるはずの、何度もかかってくる電話やメールを完全にシャットアウトする理由が見当たらない気がした。


「鬱陶しい」
それまでずっと黙っていたイザークが突然口を挿んで来た。無関心を装っていただけで、実は全部聞いていたのだろう。
「そんな些細な仲違いであいつを失うつもりか?キラはお前にとってその程度か」
「イザーク!」
「……お前には関係ないだろう」
応じたアスランの声は地を這うような低音だった。


かつて色々とあってから、キラを挟むとアスランとイザークの間には、常に妙な緊張感のようなものが付き纏う。イザークはキラを嫌ってはいない。それは勿論恋愛感情とは違うものなのだが、解っていてもアスランはどうしても気に食わないのだ。
「関係ないだと?これだけ他人の不快指数を上げておいてよくも言えたもんだな!大方キラが電話に出ないのも、横暴なお前にいい加減愛想が尽きたってことじゃないのか!?」
「イザークっ!!」
イザークは元々アスランより激しやすい性格である。このままでは不毛な言い争いが勃発するのは目に見えていた。回避するために割って入ろうとしたニコルだったが、意外にもイザークがそれ以上まくしたてることはなかった。
「…―――行ってみろ」
カランと氷の音を鳴らして、イザークはグラスの酒を呷った。
「あいつのアパートに行くなり、大学に行ってみるなりすればいい。お前らの喧嘩は今に始まったことじゃないが、大抵がちょっとした擦れ違いが原因だ。今度も顔を見て話しさえすれば、何か誤解があったとしても、すぐに解決するんじゃないのか?とにかくここで悶々としても何ら状況は好転せん上、こっちは欝陶しくていい迷惑だ」
「………………」
言葉は良くないが静かな口調に、アスランから出ていた敵意はものの見事に消えていた。しかもポカンとしてイザークを見ている。非常に珍しいアスランの様子に、ディアッカは吹き出しそうになって、ニコルに思い切り脛を蹴っとばされた。
ここで笑ったりしたらアスランは増々意固地になるだけで、折角のイザークの説得も元の木阿弥になってしまう。




6/13ページ
スキ