犬も食わず




「キラ、ハッピーバースデー」
「あ・ありがと」
無論、自分の誕生日だ。忘れていたわけではない。それに今日のデートはキラの誕生日を祝うため設けるのだと知らされていた。にも関わらずキラの返礼が妙な戸惑いをみせたのは、アスランの笑顔が無駄に王子様然としていて不覚にもときめいてしまったからだった。
それともうひとつ。
頭の痛いことに(アスランとはよくあることなのだが)、この後の会話がまるで成り立ちそうにないという、悪い予感がしたからである。
(アスランてば、文句無しに頭はいいのに。時々ぶっ飛んだ事を言い出すクセがあるからなぁ。今だって僕の質問に答えてないし)
自身の電波発言は大いに棚に上げて、キラは小さく溜息を零した。
(ほんと、自分でも不思議だよ。なんでこんな人、好きになっちゃったんだか…)
キラがアスランにとってそんな嬉し過ぎることを考えているとも知らず、話は勝手にどんどん反れて行く。しかも意味不明のまま。
「この車、気に入ってくれたか?」
「そうだね。綺麗な形してると思うよ。ちょっと小さめだけど居住性が悪いようでもなさそうだし。僕は好きだよ」
「そう。ホッとした」
滅多に見せない子供のような素直な笑顔にキラの胸は高鳴ったが、自分ばかりがアスランのことを好きになっていくのが癪な気がして、必死で平静を装った。
「ごほん。で?何で僕が運転席?」
「だってこれはキラの車だから。やっぱりキラが一番に運転すべきだろ?」





「……………………は?」





サラリと投下された爆弾発言に、頭の回線が一気にショートしたらしい。
疑問符を口にしたまま茫然自失状態に陥ったキラに気付くことなく、アスランは普段の5割り増し饒舌に語った。
「キラは実用性のないものは要らないって主義だしな。装飾品の類はつけないからいらないだろ?これでも色々悩んで物色してたら、偶然この車が目に留まったんだ。車なら使うこともあるしな」
「……――返して来て」
「ん?」
今度はアスランが疑問符を口にする番になって、キラはやっと自分が何を贈られたのか理解し、一気に血の引く思いを味わった。大袈裟な表現ではない。貧血の時と同様に目の前がクラクラする。
軽く額に手をあてて、キラは弱々しく呟いた。
「車なんて高価なもの、もらえるわけないでしょ…」
「だがこの車、キラに似合うと思わないか?」
「似合う似合わないの問題じゃなくて。とにかく返して来てよ」
しかし勿論アスランに返すなんて選択肢はなかった。
「冗談だろ?そんな体裁の悪いこと出来るはずがない」
確かにそれには一理ある。
「じゃあ、きみが乗るとかすればいいでしょ?悪いけど僕は―――」
それでもかたくなに受け取ろうとはしないキラに、アスランは呆れたと言わんばかりの吐息と共に吐き出した。
「どうしてそんなに素直じゃないんだ」
意図したわけではなかったが、少し、投げ遣りな言い方になったかもしれない。
「素直、じゃない……?」
自分でも素直じゃなくて意地っ張りだと思っているキラなら、そのくらいのことはサラッと聞き流すところだ。だから深い意味もなく出た言葉に過剰に反応されて、アスランはちょっと驚いた。




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