犬も食わず
・
落ちた沈黙と硬直はたっぶり30秒は居座ったと思われる。大変に温い。温過ぎる。
「…………えーと…。それで?」
最初に均衡を破ったのは、やはり強心臓を誇るニコルしかいないだろう。それもかなりの精神力を必要とした。
「それで、だと!?なんであいつはあんなに可愛くないんだ!」
ニコルは無言で頭を抱えて撃沈した。
「はいはい。しかたねーから俺が聞いてやるよ」
拳を固めて力説するアスランを落ち着かせるように、ディアッカが軽くポンポンと肩を叩く。但しその目は死んだ魚のような目をしていた。貧乏くじを引かざるを得ない自分の不運を呪いながらなのだから無理もない。
「あのよ、アスラン。ニコルは喧嘩の内容を訊いたんであって、お前の感想は今はどうでもいいんだよ」
「誕生日だったんだ!」
「あー。うん。それで?」
「プレゼントを用意するじゃないか。だがキラは受け取らなかった」
「マジか?そりゃひでーな!」
「ちょっと待ってください」
幾らか復活したのか、ニコルが割り込んだ。このままでは一方的にキラが悪者になってしまいそうだと思ったからだ。ニコルの知るキラは折角のプレゼントを拒否るような人間ではない。
アスランの話には何か大事なことが抜けているはずだ。
「参考までにお訊きしますが。一体何を用意したんですか?」
「白の……る…だ」
アスランはさっきまでの勢いはどこへやら、急に狼狽えたように視線を泳がせた。辛うじて答えはしたものの、明らかに歯切れが悪い。
勿論ニコルとてそんなことで誤魔化されたりはしなかった。
「何です?ハッキリ言ってください」
「だから!キラは白がよく似合うだろう!?」
「ええ、そうですね」
「偶然あいつに似合いそうな…を見付けたから」
「肝腎なところが聞こえませんよ、アスラン」
「車!」
反応は三人三様だった。
ディアッカは額を押さえて天井を仰いだし、イザークは口にしていた酒を吹き出した。
ニコルに至っては暫く呼吸するのを忘れていたくらいだ。
「く・車ですってーーーっ!?」
止まってしまった時間を動かしたのは、やはりニコルの怒声だった。
◇◇◇◇
「アスラン。車、新しくしたの?」
相変わらず築何十年経つのか予測すら不可能なオンボロアパートから出てきたキラは、迎えに来てくれたアスランが、見慣れた黒の車でなかったので首を傾げた。しかも何故かアスランは車の横に立ってキラを待っている。
初めて見た車はパールホワイト。機動性を重視しかのか、小型車というほどではないものの、小振りでスマートなフォルムをしていた。
アスランは言わずと知れたザラ家の唯一の後継者だ。そうでなくてもディトレーダーのようなことをして小遣い以上の稼ぎは得ているらしく、金は腐るほど持っている。キラには想像も出来ないが、車くらい服を変えるのと同じ感覚で買い替えるのかもしれない。それに口を出す資格もつもりもないものの、キラはちょっとだけ寂しく思った。
今日は違ったが、いつもならアスランは運転席に乗ったままだから、キラが助手席に乗り込む。そんな些細な二人だけの暗黙の了解的が気に入っていたのだ。アスランの車のナビシートが自分の定位置になったことが嬉しかった。我ながら乙女チックな思考だと思うが、“恋人”だから許される場所のような気がして。
まぁでも新しい車が悪いわけではない。美しい流線型に日の光を反射させて輝く様は、キラの好みと合致していた。予定はないが、もしも車を買うとしたら、こういうタイプを選ぶに違いない。
などと考えながら、助手席側へ向かおうとしたキラは、アスランに引き止められた。
「違う。キラはこっち」
「へ?」
腕を引かれて運転席側のドアへと連れて行かれる。
「…………?アスラン?」
まさかキラにこんな高級車を運転しろと言うのだろうかと青くなる。ぶつけても修理代なんか払えないし、そもそもキラは――。
と、アスランが満面の笑みで口を開いた。
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落ちた沈黙と硬直はたっぶり30秒は居座ったと思われる。大変に温い。温過ぎる。
「…………えーと…。それで?」
最初に均衡を破ったのは、やはり強心臓を誇るニコルしかいないだろう。それもかなりの精神力を必要とした。
「それで、だと!?なんであいつはあんなに可愛くないんだ!」
ニコルは無言で頭を抱えて撃沈した。
「はいはい。しかたねーから俺が聞いてやるよ」
拳を固めて力説するアスランを落ち着かせるように、ディアッカが軽くポンポンと肩を叩く。但しその目は死んだ魚のような目をしていた。貧乏くじを引かざるを得ない自分の不運を呪いながらなのだから無理もない。
「あのよ、アスラン。ニコルは喧嘩の内容を訊いたんであって、お前の感想は今はどうでもいいんだよ」
「誕生日だったんだ!」
「あー。うん。それで?」
「プレゼントを用意するじゃないか。だがキラは受け取らなかった」
「マジか?そりゃひでーな!」
「ちょっと待ってください」
幾らか復活したのか、ニコルが割り込んだ。このままでは一方的にキラが悪者になってしまいそうだと思ったからだ。ニコルの知るキラは折角のプレゼントを拒否るような人間ではない。
アスランの話には何か大事なことが抜けているはずだ。
「参考までにお訊きしますが。一体何を用意したんですか?」
「白の……る…だ」
アスランはさっきまでの勢いはどこへやら、急に狼狽えたように視線を泳がせた。辛うじて答えはしたものの、明らかに歯切れが悪い。
勿論ニコルとてそんなことで誤魔化されたりはしなかった。
「何です?ハッキリ言ってください」
「だから!キラは白がよく似合うだろう!?」
「ええ、そうですね」
「偶然あいつに似合いそうな…を見付けたから」
「肝腎なところが聞こえませんよ、アスラン」
「車!」
反応は三人三様だった。
ディアッカは額を押さえて天井を仰いだし、イザークは口にしていた酒を吹き出した。
ニコルに至っては暫く呼吸するのを忘れていたくらいだ。
「く・車ですってーーーっ!?」
止まってしまった時間を動かしたのは、やはりニコルの怒声だった。
◇◇◇◇
「アスラン。車、新しくしたの?」
相変わらず築何十年経つのか予測すら不可能なオンボロアパートから出てきたキラは、迎えに来てくれたアスランが、見慣れた黒の車でなかったので首を傾げた。しかも何故かアスランは車の横に立ってキラを待っている。
初めて見た車はパールホワイト。機動性を重視しかのか、小型車というほどではないものの、小振りでスマートなフォルムをしていた。
アスランは言わずと知れたザラ家の唯一の後継者だ。そうでなくてもディトレーダーのようなことをして小遣い以上の稼ぎは得ているらしく、金は腐るほど持っている。キラには想像も出来ないが、車くらい服を変えるのと同じ感覚で買い替えるのかもしれない。それに口を出す資格もつもりもないものの、キラはちょっとだけ寂しく思った。
今日は違ったが、いつもならアスランは運転席に乗ったままだから、キラが助手席に乗り込む。そんな些細な二人だけの暗黙の了解的が気に入っていたのだ。アスランの車のナビシートが自分の定位置になったことが嬉しかった。我ながら乙女チックな思考だと思うが、“恋人”だから許される場所のような気がして。
まぁでも新しい車が悪いわけではない。美しい流線型に日の光を反射させて輝く様は、キラの好みと合致していた。予定はないが、もしも車を買うとしたら、こういうタイプを選ぶに違いない。
などと考えながら、助手席側へ向かおうとしたキラは、アスランに引き止められた。
「違う。キラはこっち」
「へ?」
腕を引かれて運転席側のドアへと連れて行かれる。
「…………?アスラン?」
まさかキラにこんな高級車を運転しろと言うのだろうかと青くなる。ぶつけても修理代なんか払えないし、そもそもキラは――。
と、アスランが満面の笑みで口を開いた。
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