犬も食わず




ここは気楽な暇潰しの場所だ。ディアッカほど盛んではないが、ニコルだって女たちと穏やかに談笑を楽しむために来ているのだ。人類の半分は女である。将来家を継いだ時、女心が皆目解らないのでは話にならないという先を見据えた修業の場でもあった。余談だが時に好みの女がいたらベッドを共にすることもあるが、そこは人徳なのか、後々ディアッカのように女同士がもめることもない。そもそもここへ来る女たちなど、最初から割り切った考えの持ち主ばかりだ。しかしそんなある意味図々しい女たちですら、最近のアスランには近付けず、遠巻きにしている状態なのである。
原因はアスランからだだ漏れている暗黒オーラであった。

ディアッカなどはいつもならアスランに独り占めされていた女たちも寄って来るから嬉しそうだし、そもそも空気など読めてもきっぱり無視を決め込むスキルを持ち合わせている。
だがニコル同様、アスランの様子が勘に障って仕方ない人間はもう一人いたようだ。
「鬱陶しい!!どうにかならんのか、あいつは!!」
語気荒く怒鳴りつけただけでは飽き足らず、持っていたグラスを床に叩き付けたのは、予想通りイザークだった。
常に女であることを最大限にアピールする女たちが悲鳴をあげて怯えるフリをする。しかし残念なことにその演技が顧みられることはなかった。
「大きな声を出さないでくださいよ。あと僕らに怒鳴ってもしょうがないですから。アスランに文句があるなら直接言ってください」
「う!」
口角を上げて微笑んだニコルは、無駄に瞳を輝かせている。どうやらイザークをスケープゴードに決めたようだった。
「それとも、アスランが恐いとか?まさかですよね~」
などと邪気のないフリでけしかけてくる。
アスランを何とかしたいのだが、極力自分は関わりたくないのがありありと伺える台詞た。勿論それはイザークも同様なのだが、これで文句のひとつも言えないのでは、アスランにビビっているということになる。
うっかりニコルに同調し、癇癪を起こして喚いたイザークは、正に飛んで火に入る夏の虫というやつだった。
ニコルだってグチグチ言ってたじゃないか!などという反論は、とてもではないが、通らない雰囲気だ。

グラスの割れた音を聞きつけた黒服が入って来ると同時に、策に填まったイザークは肚を括って立ち上がった。
「おい!アスラン!!」
振り返ったアスランは、おそろしく冷たい目をしていた。ディアッカが「あ、こりゃ駄目だ」などと小さく呟いたのが耳に届く。無論、ニコルは素知らぬフリを決め込んでいた。
誰も助けてはくれそうもない。
「お・前!なにがあったか知らんが、そのジメジメしたオーラを撒き散らすだけならここに来るなっ!!」
「――――俺の勝手だろう」
話し掛けてはいけないと承知の上で、敢えてその禁を破らざるを得なかったイザークに、返されたのはたった一言。如何にも適当にあしらわれたと気付き、とうとうイザークが逆ギレた。
「きっさまーっ!!!!」
「わっ!イザーク!!よせって!」
「これ以上破壊が進んだら、お店の人に迷惑ですよ!」
殴りかかろうとするイザークを寸でのところでディアッカが羽交い締めにする。既にグラスを一個駄目にしているのだ。弁償する金はあるが、営業妨害は宜しくない。
事なきを得たのを見計らい、ニコルはすかさず危ないからという理由で女たちに退室を勧めた。真相は単に邪魔だったからなのだが。

「さて。そろそろ話してもらっても罰は当たらないと思いますけどね、アスラン。ほんと、どうしたんですか?」
「ふん!」
イザークが取り敢えず癇気を抑えて、鼻を鳴らして上げかけた腰を落ち着ける。一息ついたディアッカも、女たちはいなくなったし、しょうがねーか感満載で話題に参加してきた。
「正直、俺は女を独占出来てたから別にどうでも良かったんだけどよ~」
「ディアッカは黙っててください」
まぜっ返すだけのディアッカに、ニコルが射殺すような視線を送った瞬間、ダン!とグラスを置く音が響いた。

「キラと喧嘩したんだ!」

「「「……………」」」




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