犬も食わず




ニコルのこめかみに青筋が浮かぶのに気付いてしまったディアッカが青ざめた。本当に彼らに関わると、ニコルの青筋率が跳ね上がるから困る。
「お・おい!姫さん!!」
必死で取り成しに入るも、キラは相変わらず外方を向いたまま。
キレたニコルがどんな手段に打って出るか想像するだに恐ろしいディアッカは、最早生きた心地もしなかった。
意外に苦労性なのかもしれない。


「……――お前らでも駄目か…」
長い溜息と共に、アスランがガックリと肩を落とした。アスランも当然、キラの意識が戻ってから、そこのところをずっと訊いてきたのだ。だがキラの反応は終始一貫、絶対に口を割ろうとはしなかった。
しかし相互理解を深めるため、何よりも二度とキラにこんな無茶をさせないために、アスランはなにがなんでも原因を、それもキラの口から言わせなければ意味がないと思っていた。自分には無理でもニコルたちになら或いは‥との考えで、彼らに足を運んでもらったのだ。



「いいのか?キラ」
諦めムードが色濃くなる中のイザークの感情の籠らない声に、それまで頑なだったキラが僅かに動揺を返した。
「意地を張るのもいいが、いつまでもそういう態度だと、愛想を尽かされても文句は言えないんだぞ」
辛いところをハッキリと指摘されて、キラは目に見えてビクリと身体を揺らす。
「おーい、イザーク」
流石に病人相手にそれはないとディアッカが咎め立てるも、対するイザークは涼しい顔だ。アスランの射殺さんばかりの視線も完全にスルーである。


張り詰めた糸のような膠着した沈黙を破ったのは、細く小さな声だった。
「……………が……に‥ない…」
「キラさん?」
ベッドから一番近いニコルにさえ聞き取れないほどの声。四人の目が一斉にキラを捉えた。
「だって…アスランが、僕に免許がないことさえ、し・知らなかったんだと思ったら、哀しくなっちゃって、だから…。えと、心配かけてごめんなさい」
キラの経済状態を知っていれば、今まで教習所へ行く余裕などなかったのは容易に想像出来る。しかしだからといえアスランばかりを責めるのも違う気がする。
人とは自分の価値観で判断しがちなものだ。該当年齢に達し、アスランが当たり前のように取得した免許を、まさかキラが持っていないとは思いもよらなかったのだろう。
ましてキラへのプレゼントを迷っていた最中に、その彼に似合う車を見付けてしまったのだから、冷静な判断など出来ようはずもない。
「キラ。お前の気持ちも解らんではない。気が強いのもどちらかといえば好ましいと俺は思ってる。だがこちらとしてもそれでは引けん。有耶無耶にされたんでは、お前らの喧嘩に毎度付き合わされるだけで、如何にも業腹だ」
「イザーク!」
何故か頬を赤らめたアスランに、キラがきょとんと目を丸くする。確かに不本意ながら彼らを巻き込んでしまうのはよく有ることだが、今回の喧嘩別れの後、アスランが彼らに愚痴を垂れ流し、不快指数を上げたくだりをキラは全く聞かされていないのだ。
イザークは立てた親指で、クイとアスランを指した。
「こいつからウジウジと泣き言を聞かされるのは鬱陶しくてかなわん」
(アスランてば、そんなことしたんだ…)
そもそも揉め事に巻き込んでしまうのは、彼らの方から首を突っ込んで来るケースが多い所為なのだが、それにしても二人の事情が筒抜けになっている気がして、キラの頬にも一気に熱が集中する。
「分かったらキリキリ吐け。何で車を所持する予定もなかったのに、急に教習所へ通おうなんて思ったんだ?」
畳み掛けるイザークに、これは到底許して貰えそうにないと観念したキラが、ボソボソと白状し始めた。
「……いつもアスランばっかりに運転させるのも悪いかなって。僕に免許があれば、車で出掛けた時でも、アスラン、お酒飲めるし――」
要するにキラが無茶をしたのは、全部アスランを想ってのことなのだ。
「前以て相談しなかったのは、吃驚させたかったのと、言えば‥その……お金とか出すって言われそうだったから」
再び、病室に沈黙が落ちた。が、先程のそれが緊迫したものであったのに対して、今度の静寂は真逆の空気を孕んでいた。

有り体に言えば“呆れ果てて二の句が継げない”故の沈黙だったのである。




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