犬も食わず




ニコルはとうとう辛抱堪らなくなり、すぐ隣で女たちを相手に軽妙なトークを繰り広げるディカッカの袖を引いた。
「ん?何だよ、珍しい。お前も交ざりたいのか?」
途端にディアッカを取り巻いていた女たちが、顔を輝かせる。
「うそー!ニコルってあたしたちのことなんて、眼中にないのかと思ってた~」
「優しいけど、他人行儀なところを崩さないしさ~」
「でももっとお近付きになりたいって、みんないつも思ってたんだよ」
「ね~」
嘘を吐け。普段は我こそはとばかりに険を突き合わせている間柄のクセに。
示し合わせたように、こんな時だけ妙な団結を見せる女たちを、脳内で散々罵倒したニコルは、そんな内心など少しも伺わせない愛想笑いを惜し気もなく振りまいた。
「僕ってそんな風に見えるんですか。でも壁を作ってるって思われるのも無理ないのかな。元々人見知りするタチでしたから」
「え?ニコルってそうだったの?」「信じられない!」
「そりゃ今は身につけた社交術のお陰で何とかなってますけど、他人行儀と映るのは、それの所為かもしれませんね」
「へー」
「でも、可愛いよね」
「うん。ニコルに似合ってるって言うのも変だけど。これがもしディアッカの昔の話だって言われたら、絶対疑うもんね」
「…………なんだ、そりゃ」
ディアッカが小さく鼻を鳴らす。自分が似合わないのは、可愛くないからだと言いたいのだろうか。別に可愛いなんて思われたくないから、そこはどうでもいいのだが。
しかも随分子供の頃からの付き合いだと思うが、ニコルが“人見知り”するところなど、かつて一度も見たことはないと言ってやりたい。
報復が恐ろし過ぎて出来ないが。

「…そんじゃ、一体何の用だよ?」
今夜は友達に連れて来られたという新しい女がいて、それが割とディアッカ好みだった。あともう少しで落とせそうになっていたのに、ニコルが会話を中断させた所為で、折角の空気が元の木阿弥になったのだ。口説くプロセス込みで恋愛を楽しむディアッカではあるが、流石に目の前にぶら下げられた人参を寸前で取り上げられるのは面白くない。
そんなわけで意図した以上に不機嫌な声が出たが、気にするニコルでもなかった。
「ここ暫く、アスランの様子が変だとは思いませんか?」
「はあ?知らねーよ!俺あいつが何考えてっかなんて分かんねーし」
ニコルが声を潜めたので、ディアッカは目配せで女たちを遠ざけた。
「でもこういう暇潰しからは足が遠退いてたのに、ここのところ毎日顔を出してるじゃないですか。それだけでも充分おかしいでしょ?」
ニコルの視線の先には独り飲みするアスランの姿。無意識なのだろうが、時折溜息などを吐いている。
「ステディが出来たからって、いつもそっちにかまけてるって訳じゃないだろ。それこそ俺らとは一生もんの付き合いになるんだろうし」
「それはそうですが…」
ディアッカの言うことは一々ご尤もだ。

紆余曲折を経て何とかアスランとキラの仲はひとつの形に落ち着こうとしていた。ここらで放置していた旧交を深めようと思ったとしても不思議ではない。
キラと関わってからのアスランは、以前の彼とは比べものにならないくらい生き生きとしている。いいことだと思う反面、こちらとしてはやや寂しく感じるのも事実だ。あの何事にも無関心なポーカーフェイスが懐かしいとさえ思う。
「ですがねぇ」とニコルは周囲(VIPルーム)を見回して肩を落とした。


アスランを中心として空気が悪い。悪過ぎる。
偶に訪れてくれるのは有難いが、こういうのは御免被りたい。




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