怠け者




きょとんとするキラに、アスランは何かを諦めたように嘆息した。
「何とももなにも…全部本当のことだからな」
「そ――」
「キラさん、貴方、今アスランが言った言葉の意味、本当に解ってますか?」
ニコルの妙に神妙な口調に、キラの目が更に丸くなる。これは駄目だとディアッカも口出しすることにした。
「それとも自分を殺すって言ってる相手でも、そうやって庇うほどお人好しなわけ?」
「は?殺す?誰が、誰を?」
「アスランの親父が、お前を」
キラの連発した疑問にディアッカは懇切丁寧に答えてくれた。しかしキラが一番戸惑ったのは、厳密にいうとちょっと違った。
ここは世界でも有数の安全な国とされている。そんな国で生まれて育った一般庶民に、いきなり“殺す”などという単語がピンとこないのは道理だろう。生きる世界の隔たりを取り成すように、ニコルが言い添えた。
「まぁ、財界では時折聞く話しではありますから」
「邪魔者は消せってやつ」
「ははは……そんなドラマじゃないんだから」
かなり無理矢理にでも笑ってみせたのは、茶化して冗談にしてしまいたかったからだ。しかしアスランたちの固い表情が変わることはなく、乾いた笑いは忽ち尻窄んだ。
「――――からかってるん、でしょ?」
「いいからお前は身辺に気をつけろ」
「!」
一切の甘さを省いたアスランの声に、二の句を継げなかった。

やや俯いて押し黙ってしまったキラに、アスランの胸が僅かに痛む。
きっととんでもない事態に巻き込まれた自覚して、怖がっているのだろう。ニコルとディアッカも同情めいた眼差しでキラを見つめている。

自分たちはもうしょうがない。
ずっとそういう教育を受けて来たし、ほんの子供の頃から綺麗事ばかりでは済まないことも理解していた。邪魔者を排除する行為を躊躇わない代わりに、何時自分が屠られるかもしれないという覚悟もある。
突然降って湧いた命の危険を実感出来るかどうかは別にして、漠然とした不安くらいあって当たり前なのだ。


何と声をかければいいかと思案していると、やや吃驚する勢いでキラは顔を上げた。
「ねえ、待ってよ」
心配した気弱な表情でなかったことにもアスランは少し驚いた。
「それってつまり、僕がアスランのお父さんに殺されるかもしれないから、アスランはカガリを選んだってこと?」
「端折っちまえば、まぁそーいうことだな」
あくまでもキラはアスランに訊いたのだが、答えたのはディアッカだった。ことの真相を聞いたのはディアッカにとっても今が初めてだが、アスランがパトリックに何らかの脅しをかけられていたのは薄々察しをつけていたのだ。その分キラより理解も早かったのだろう。
「とにかくほとぼりが冷めるまでアスランの言うことを―――」
「きみ、馬鹿じゃないの?」
ニコルの口添えを突然冷めた口調で遮ったキラに、アスランを初め他の二人も反射的に口を噤まされた。
余りにも相応しくない台詞で、咄嗟に二の句が継げないほど思考停止に追い込まれ、その場に居た全員が注視する中、キラは瞳を眇てぐるりと彼らを見回した。その姿からは恐怖に怯えている空気は全く窺えない。
と、いうよりも、寧ろ―――。

(怒って‥る、のか?)


ニコルもディアッカもアスランと似たり寄ったりで、どう対処すればいいのかと半ば呆然としている。動揺を隠せない三人を余所に、キラは大きく息を吐きながら俯き加減に視線を下げたのだが、その仕草はがっかりと肩を落としたようでもあった。


「…―――僕が何時、そんなこと頼んだの?そんな護られ方したってぜっんぜん嬉しくなんかないのに」
やがて地を這うようなとはいかないまでも、キラにしては低い声が聞こえてきた。




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