怠け者




アスランは懐から煙草を取り出して火をつけた。キラの前では初めてだが、慣れた仕草が喫煙歴の長さを物語る。深く吸い込み、煙を溜息のように大きく吐き出してから、アスランは顔も見ずに言った。
「……イザークと、何があった?」
瞬間、怒りで視界が真っ赤に染まる。ほんの数秒前、ギャラリーがいれば冷静に話せるなんて思ったことなど、遥か彼方に吹き飛んだ。
「言うに事欠いて、それ?」
「後ろめたいから逃げ回ってたんだろう」
「ふざけてるの?」
「生憎と大真面目だが」
「そんなことよりも先に、きみには僕に言わなきゃならないことがあるでしょう!?」
とうとう声を荒げたキラに、アスランは短くなった煙草を灰皿で押し潰した。
「勿論あるが、俺にとっては“そんなこと”じゃない」
「勝手だよね」
「隠すのか?」
「だから―――っ!」
「はいはい、ストップ、ストップ」
ニコルは呆れた口調も顕に二人を遮った。延々と繰り広げられる痴話喧嘩を黙って聞かされているほど、つまらないものはない。そうだ、痴話喧嘩だ。なにが“そんなことじゃない”だ。立派な嫉妬ではないか。それがキラには微塵も伝わってないようなのが悲しいが。
「確かにキラさんとイザークに何があったのかは気になりますが、やはり順序からいくとまずはアスランの方が先ですよね?」
「―――――――」
第三者の正論に反論も出来ず、アスランは新しい煙草を口に咥えた。慣れているはずが、何度も火を点け損なっている姿が苛立ちを伝えて来る。
「…アスラン?」
キラからの真剣な視線を受けて、アスランは火を点けるのを諦め、鳴らしているだけだったライターをテーブルへと放り投げた。

「父に脅されたんだ」
「え?」
意味が解らなかった。
しかし疑問の声を上げたのはキラだけだ。残る二名は温い空気を漂わせ、ディアッカに至っては額に手を当てて天井を仰いだりしている。
「ま、あのお大尽ならあり有り得ない話しじゃないよな」
「で?どんな華麗な脅し文句だったんですか?」
「邪魔者は排除するそうだ」
「あちゃ~、最大級」
「ストレートですねぇ」
キラを取り残したまま勝手にどんどん展開されていく会話に、漸くこれではいけないと自らを叱咤した。
「待って。僕には全然解らないんだけど」
するとニコルが「あぁ、そうですよね」とキラを見た。有難いことに解説してくれるようだ。
「キラさん、アスランのお父さんにはお会いしたことはありますか?」
「殆ど…ありません」
自分でもおかしな回答になったと思ったが、キラとアスランの許婚話を纏めに来た時に顔を合わせているから、全く面識がないわけではないし、だがあんな短時間では人となりを知るには至らない。
(もう、随分昔のことのように思えるや)
当時を思い出してやや気分が落ちたキラには気付かず、ニコルは苦笑して先を続ける。
「それじゃあ話は解らないでしょうね。あの方はビジネスのためなら人を人とも思わないタイプなんです」
「ビジネスってか、自分の利益のため?」
「冷血漢ですよね」
「ち・ちょっと――」
アスランを前にして余りといえば余りの言い草ではないかとキラは制止を試みながらアスランを伺ったが、当の本人は近付いて来たボーイに酒をオーダーしたりしている。確かに仲のいい親子ではなさそうだったが、それにしても拍子抜けする無関心さだ。
「アスラン、きみ、何とも思わないの?自分のお父さんのことだよ?」
アスランは無言でキラを見た。睨まれているように感じたが、きっと気のせいだろう。謂われがない。




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