怠け者




「逆に感謝してるくらいだ」
「へ?」
脳内で罵倒するのに忙しく、アスランの滅多にない感謝を聞き逃してしまったディアッカだったが、生憎二度言ってやるほど親切ではない。


アスランはディアッカと話している間も、視線はずっとキラの横顔に当てていた。相変わらず正面を向いたまま微動だに出来ないキラだったが、痛いほどの視線が分からないわけもなく、非常に居心地の悪い思いを味わい続けた。
いつまで経っても挨拶どころか目すら合わせようとしないアスランとキラ。膠着状態の打破を計ったのはやはりニコルだった。
「まぁまぁ、お二人とも。僕らが物見遊山だったのは謝ります。でも僕らみたいな部外者はともかくとして、キラさんとアスランの当事者同士も余り話し合えてないんじゃないですか?」
キラはどうにかそれに頷きはしたものの、本当のところ、その必要性には大いに疑問だった。
自分はアスランにとって毛色の違った相手だっただけ。それだけのことで、今までアスランが遊んでいた女たちと何ら変わらないのだろう。そんな“遊び相手”と、別れる度に話し合いの場を設けていたとは考え難い。
だがなんの気紛れか、アスランはキラと会おう、会って話しをしようとしていた。放っておいて欲しいと思う反面、追いかけられることに喜びを感じていなかったといえば嘘になる。そんな自分に気付いたキラは、過大な期待はしないよう自らを戒めた。たった一度とはいえ情を交わした相手だ。元から本気ではなかったにしろ心変わりしたにしろ、言い訳くらいして然るべきだと考えただけかもしれないと。それとも曲がりなりにもカガリを介しての“義兄弟”になるわけだから、筋を通そうとでもしたのだろうか。後々遺恨を残さないために。
(てか、アスランの腹積りなんて関係ない、か)
なんにせよ、結局はただ単にキラが逃げ回っていただけなのだ。

キラはアスランの結婚感を承知していた。家の為により良い相手を選び、そこに個人的感情を差し挟む余地などなかった。そんな彼が“二番目”の呪縛から逃れられたのだ。これは喜ぶべきことではないか。
アスハ家の正当な後継ぎであり、その上ザラ家の後継者をもたらすことも可能な女という性のカガリに、キラが適うところなど何一つない。
アスランの選択は正しいのだ。
そうやって頭では理解しているフリをしていても、アスランの口から聞かされるのは恐かった。あれほど自分の矜恃を守るために周囲に張り巡らせた、虚勢の壁が崩れてしまいそうで。
だけどそれは誰の所為でもなかった。ずっと警鐘は鳴っていたのに、無視したのはキラ自身だ。自分で間違った選択をしてしまったなら、誰かの所為にするなんて卑怯な逃げを打たず、せめて真正面から受け止めるべきだ。

声が震えないよう細心の注意を払い、キラは口を開いた。
「…………ずっと、逃げ回ってて、ごめん」
キラとアスランの間に居るディアッカが「お?」と嬉しそうな表情に変わったが、それ以上キラが何が喋る前にニコルが立ち上がり、彼の首根っこを掴んで元々自分の座っていた正面のソファに座らせる。邪魔をするな、ということだろう。但しそれがアスランとキラの邪魔なのが、自分の興味が満たされることへの邪魔を指しているのかは謎ではあるが。

何故よりにもよって“観客”のいる前でこんな話をすることになってしまったのかとキラは頭を抱えそうになったが、考えようによっては幸運だと思えなくもない。ギャラリーがいればみっともなく喚くなんて展開にはなりにくいだろうから。
さっきアスランがディアッカに“感謝”していたようだが、きっとそういう意味だったのだろう。
謝るのはなにか違うかと思ったものの、アスランから故意に逃げていたのは事実だ。どういうわけかは知らないが機嫌が悪そうなアスランが口火を切るとも思えなかったので、まぁ会話のきっかけくらいのつもりだった。




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