怠け者




ニコルが難しい顔で考え込んでしまった隙を狙ったかのように、今度はディアッカが口を挟んできた。
「じゃあまぁアスランとあんたのことはそれで一旦横へ置くとして。俺はあの夜、あんたを追い掛けたはずのイザークと何があったのかを聞きたいんだけど」
いきなりの話の流れに、身構えられなかったキラは、相手が反応を伺う戦略を得意としていると分かっていながら、瞬時に真っ赤になってしまった。
それはまさしく思う壺で、ディアッカは密かに口角を上げた。
「やっぱ食われちゃった、とか?」
「まさか。いくら何でもないでしょう、それは」
ニコルが一応反論してみる。

“連れのオンナには手を出さない”

改まって取り決めたわけではないが、それは四人の間に出来た礼儀というか、不文律のようなものだった。時折面白半分にディアッカが禁を侵すことがあっても、そもそもが一夜限りの相手では諍いにもなりはしない。

だが今回は違う。

オンナではない代わりに、キラはアスランの本命なのだ。


そこら辺の事情を分かっているイザークがなにかしでかすとは思えないし、万が一にも手出ししていたら、四人の関係が崩れてしまう事態にも発展しかねず、それでは如何にも具合が悪い。好むと好まざるとに関わらず、それぞれの将来に於いて切っても切れない縁になることは、誕生した家のお陰で規定路線だ。腐れ縁以外の何物でもなくても、どうせなら気分良く行きたいと願うのは人として当然ではないか。恋愛沙汰なんかで仲間割れするのは馬鹿馬鹿しい。
それでもニコルの反論が“一応”になってしまったのは、自分で言っていて余りにも白々しく、説得力皆無な台詞だと思ったからだ。

案の定、ディアッカもそこら辺を突いてきた。
「は?ニコル、お前本気で言ってんの?今まで他人に興味を持ったことがなかったあのイザークだぞ。アスランの異変に気付いたお前が、イザークの変化にだって気付かないわけないよな」
ないない、と顔の前で手の平を左右に振る仕草が、ニコルを黙らせた。悔しいが図星だった。
「それによ、お姫さんがイザークの名前出しただけで、こんなに真っ赤になっちゃったんだから、もう語るに落ちるってやつだろ~」
「あの…?」
かなりの努力でイザークに曝した醜態(大泣き)を脳内で一旦封印したキラは、大いに戸惑った。彼らが何を言っているのか皆目見当がつかないのがキラである。別に彼らの恋愛経験値が高いからではない。飛び抜けてキラが鈍いだけだ。
そんな戸惑うキラを更に窮地に追い込む声が割り込んだ。
考え得る、最悪の相手だった。


「是非俺も聞きたいな。あの夜、イザークと何があったのか」
感情の全く読めない声。見なくても分かる。
間違いなくアスランのものだ。

反射のようにキラの痩身がビクリと固まった。
傍でそれに気付いたニコルは、余りの間の悪さに流石に同情めいたものを感じる。たが、元々アスランとキラの間に“いい偶然”など存在しないのである。ニコルが知らないだけで。




◇◇◇◇


コツ、コツと、近付く靴音を、キラは背中で聞いていた。
振り返るなんて絶対無理だ。
顔を見てにこやかに(例え原動力がキラの十八番の強がりからのものでも)挨拶が交せるほど、まだ気持ちの整理はついてなかった。
軽くパニックに陥っているキラの隣で「あ~そういや、来いってメールしたんだった」とディアッカがガシガシと頭を掻いている。呟きにを聞いてうっかり殺意が芽生えたが、介抱されたとはいえ、さっさと逃げ出さなかった自分にも非はあると、キラはどうにか矛先を収めた。

アスランはキラと反対側のディアッカの隣へ腰を下ろした。
「お前の言う、スベシャルゲストってキラのことか?」
相変わらず全く感情の籠もらない台詞にアスランの本気の怒気を感じ、ディアッカの背に嫌な汗が流れる。ただでさえアスランとキラに挟まれているという有難くもないポジションなのだ。
「んな、怒んなよ」
「別に怒ってないが」
嘘を吐け!と平時ならば思い切り突っ込むところだが、今回は内心に留めておく。




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