怠け者
・
「―――ぶはっ!」
触れれば切れそうな空気を一気に引き裂いたのは、あまりに場違いなディアッカの噴出であった。狙ったのではないのだろうが、場の緊張が跡形もなく霧散する。
「急になんです?気持ちが悪い」
「だってよー、ニコル~お前の負けじゃねーの?」
ゲラゲラと笑うディアッカに釣られるようにニコルの頬も弛緩した。負けを宣言されたにしては、妙に気持ちが軽かった。
「残念ながら、そのようですねぇ」
「?」
会話の意味は不明だが、どうやら無意味な諍いは回避されたらしい。身体の力を抜いて初めて、キラは自分が如何に気負っていたかを思い知った。
と、間髪入れず自身を襲った衝撃に、上半身が前方へつんのめる。
「うわっ!」
「お前、顔に似合わずいい根性してるんだな!ニコルとタイマン張るなんて中々できるこっちゃねーぜ」
酔いが残っている所為で視界はグラグラと揺れたが、隣に腰を下ろしたディアッカに肩を組まれたのだと理解する。忽ち嘔吐感が蘇ったが、キラは必死で反論した。
「離れてください。顔に似合わずってどういう意味ですか。あと僕はニコルさんに喧嘩を売ったつもりはありません。……そもそも僕の立場じゃ、貴方たちに好意的に接しろって方が無理でしょう」
つっけんどんになるくらいは察してもらいたい。何とか嘔気も治まったところで、キラは妙にニコルが静かなことに気付いた。
「まだ、何か?」
「まさかキラさんの方からその話しを振って来るとは思ってもみなかったもので」
目を丸くしたニコルにキラは小さく舌を打った。
「それが聞きたくて仕方ないクセに。僕を介抱してくれたのも、目的はそれなんでしょ?」
自分でも随分な言い草だと思ったが、アスランの連れがただ純粋なだけの人間であるはずがない。案の定、ニコルはキラの雑言など少しも気にした様子もなく、それどころか拍子抜けするほどアッサリとそれを認めた。
「バレちゃいましたか。でも話が早くて却って助かります」
ディアッカも片腕をキラの肩に回したまま、空いている方の手で器用に煙草を咥えて火を点けている。しかし意識は終始キラに向けていて、非常に分かりやすくキラが話し出すのを待っているのは分かった。
キラにしてみれば、今さら隠すようなことではない。どうせ彼らにはあの夜の滑稽な一幕を一部始終見られているのだ。
尤もこうして、謂わばアスランサイドの人間に、それを再確認させられるとは夢にも思ってなかったが。
「貴方たちの興味を引くようなものじゃないですよ。ただ僕が失恋しただけです」
しかし「本当につまらない、どこにでもある話です」と茶化して付け足すつもりだった台詞は、結局音にはならなかった。自分で言った“失恋”という言葉が予想以上に重く、鋭い刃で切り付けられたような痛みをもたらしたからだ。
(自分で言って自分で傷付くんだから、世話ないよね)
いっそ「くだらない。失恋ごときで深酒か」と嗤って欲しかったが、ニコルとディアッカは意外にも静かなままで、自然とキラも黙り込む。
「……………それで?」
だがキラまで沈黙を選択したのは間違いだったようで、やがて苛立ったようにニコルに先を促され、困惑した。それ以上話すことなどない。
「それでって、それだけです」
至極当然の事実を述べたキラに、ニコルは何故か酷く驚いた。
「え!?まさかそんなはず――。だってアスランは…」
その直後、不自然に口を閉ざして思案げな表情を作ったニコルだったが、キラにとっては最早どうでもいいことだった。
何をどうやったって、自分とカガリの立場が逆転することはない。
そもそも相手にさえもならないのだ。
実力伯仲の“二番目”なら追い越す可能性もあるが、カガリはキラの遥か上にいて、スタートラインから既に違っていた。
アスランが好きで。初めての恋に夢中になって、そんな簡単なことまで見えなくなっていたのだ。くだらない三文小説でももっとドラマチックな展開を用意するだろうに。これでは笑い話にもならない。
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「―――ぶはっ!」
触れれば切れそうな空気を一気に引き裂いたのは、あまりに場違いなディアッカの噴出であった。狙ったのではないのだろうが、場の緊張が跡形もなく霧散する。
「急になんです?気持ちが悪い」
「だってよー、ニコル~お前の負けじゃねーの?」
ゲラゲラと笑うディアッカに釣られるようにニコルの頬も弛緩した。負けを宣言されたにしては、妙に気持ちが軽かった。
「残念ながら、そのようですねぇ」
「?」
会話の意味は不明だが、どうやら無意味な諍いは回避されたらしい。身体の力を抜いて初めて、キラは自分が如何に気負っていたかを思い知った。
と、間髪入れず自身を襲った衝撃に、上半身が前方へつんのめる。
「うわっ!」
「お前、顔に似合わずいい根性してるんだな!ニコルとタイマン張るなんて中々できるこっちゃねーぜ」
酔いが残っている所為で視界はグラグラと揺れたが、隣に腰を下ろしたディアッカに肩を組まれたのだと理解する。忽ち嘔吐感が蘇ったが、キラは必死で反論した。
「離れてください。顔に似合わずってどういう意味ですか。あと僕はニコルさんに喧嘩を売ったつもりはありません。……そもそも僕の立場じゃ、貴方たちに好意的に接しろって方が無理でしょう」
つっけんどんになるくらいは察してもらいたい。何とか嘔気も治まったところで、キラは妙にニコルが静かなことに気付いた。
「まだ、何か?」
「まさかキラさんの方からその話しを振って来るとは思ってもみなかったもので」
目を丸くしたニコルにキラは小さく舌を打った。
「それが聞きたくて仕方ないクセに。僕を介抱してくれたのも、目的はそれなんでしょ?」
自分でも随分な言い草だと思ったが、アスランの連れがただ純粋なだけの人間であるはずがない。案の定、ニコルはキラの雑言など少しも気にした様子もなく、それどころか拍子抜けするほどアッサリとそれを認めた。
「バレちゃいましたか。でも話が早くて却って助かります」
ディアッカも片腕をキラの肩に回したまま、空いている方の手で器用に煙草を咥えて火を点けている。しかし意識は終始キラに向けていて、非常に分かりやすくキラが話し出すのを待っているのは分かった。
キラにしてみれば、今さら隠すようなことではない。どうせ彼らにはあの夜の滑稽な一幕を一部始終見られているのだ。
尤もこうして、謂わばアスランサイドの人間に、それを再確認させられるとは夢にも思ってなかったが。
「貴方たちの興味を引くようなものじゃないですよ。ただ僕が失恋しただけです」
しかし「本当につまらない、どこにでもある話です」と茶化して付け足すつもりだった台詞は、結局音にはならなかった。自分で言った“失恋”という言葉が予想以上に重く、鋭い刃で切り付けられたような痛みをもたらしたからだ。
(自分で言って自分で傷付くんだから、世話ないよね)
いっそ「くだらない。失恋ごときで深酒か」と嗤って欲しかったが、ニコルとディアッカは意外にも静かなままで、自然とキラも黙り込む。
「……………それで?」
だがキラまで沈黙を選択したのは間違いだったようで、やがて苛立ったようにニコルに先を促され、困惑した。それ以上話すことなどない。
「それでって、それだけです」
至極当然の事実を述べたキラに、ニコルは何故か酷く驚いた。
「え!?まさかそんなはず――。だってアスランは…」
その直後、不自然に口を閉ざして思案げな表情を作ったニコルだったが、キラにとっては最早どうでもいいことだった。
何をどうやったって、自分とカガリの立場が逆転することはない。
そもそも相手にさえもならないのだ。
実力伯仲の“二番目”なら追い越す可能性もあるが、カガリはキラの遥か上にいて、スタートラインから既に違っていた。
アスランが好きで。初めての恋に夢中になって、そんな簡単なことまで見えなくなっていたのだ。くだらない三文小説でももっとドラマチックな展開を用意するだろうに。これでは笑い話にもならない。
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