怠け者
・
(この人、アスランの友達だ!)
咄嗟にガバリと半身を起こしたキラは、忽ち酷い嘔吐感に襲われるハメになった。込み上げるものを必死で堪え、楽な姿勢を求めて前のめりに上体を折った。
「ああ…そんな急に起き上がるから」
荒い呼吸を繰り返す背中をニコルに擦られて、キラは漸く喋れるまでに落ち着いた。
「……こ・こは、貴方たちがよくあつま‥る、店なんです・か?」
「ええ。そうです。だから安心して――」
「帰ります」
まだ青い顔をしているキラを宥めようとしたニコルの言葉は、存外にキッパリした口調に遮られた。そのままソファから足を下ろしたキラを、慌てて制止する。
「ちょ、無理ですよ!貴方は完全に意識を失っていましたし、まだ冷めるほど時間も経ってませんから!―――あっ!」
反射的に掴んだ腕を、予想外の力で振り払われ、ニコルが声を上げる。キラ自身もそんなに強く払ったつもりはなかったのだ。ただ酔いの残る身体では抑制が効かなかった。
もたらされた結果に驚いて、キラはやや茫然として動きを止める。
「ご・ごめんなさい…」
「いいえ、大丈夫です。それよりもう少し冷めるまでここにいらしてください。ほらフラフラじゃないですか」
苦笑したニコルの主張は正論で、一度は立ち上がったキラだったが、すぐに足元がもつれて、ポスンと再びソファに腰を落としてしまった。
しかしここは彼らがよく集まる店だとニコルは認めた。ということは、わざわざ彼らが呼ばなくても、偶然アスランが訪れる可能性も大いにある。気遣いは有難いが、やっぱりなんとしても今すぐ帰らなければと上げた顔の目前に、水の入ったグラスが突き付けられた。
「ほらよ、水」
ディアッカだった。
「驚いた。意外に気が利くんですね」
すかさずニコルがわざとらしく目を丸くして揶揄かった。
「あのよー、意外は余計だと思わね~か?」
報復とばかりにニコルの頭にポスンと軽く手刀をお見舞いしたディアッカも、勿論本気で怒っているわけではない。ニコルは叩かれた場所を些か大袈裟に押さえて「痛いじゃないですか」などと、敢えて避けもしなかったことを棚に上げて抗議してみせた。
軽妙なかけあいに、思わずキラがクスリと笑みを零す。それがキラの緊張を少しでも緩和させるための、計算された遣り取りであることくらい、いくらなんでも気が付がくというものだ。
キラは受け取ったグラスを、両手で大事そうに持ち直した。
「有難うございます。いただきます」
素直に厚意を受け入れる姿勢には好感が持てる。警戒を解かせ、少しでも色々と喋り易くなるよう下心付きで水を用意し、ニコルとの寸劇までやったディアッカは、流石にちょっとバツが悪い思いになった。
一方のニコルはキラが堂々と厚意を受け入れた様子に「受けて立ったのだ」と感じた。
(見た目と違って意外に気が強いみたいですね。でもそうでなければ面白くありません)
冷たい水でキラが人心地つくのを見計らって、早速ニコルは本丸へと踏み込んだ。相手に余り喋りたくない事実を暴露させるには、不調法を装って核心を突き、反応を伺うのが効果的なのだ。
「キラさんって、アスランの許婚者だったんですよね」
(おいおい、ニコル~!容赦ねえな!!)
吸っていた煙草で派手に噎せたディアッカにはいっそ清々しいくらい無視をくれて、ニコルはひたすらキラの出方を注視した。
ニコルの視界の中で、どんどんキラの表情が消えていく。人形のように固定された無表情になったキラからは何の返答もなかったため、自然、三人の間に沈黙が降りた。
「………、キラさん?」
「今、僕の反応を観察してましたよね。趣味が悪いんだから」
一瞬、張り詰めた怒気のようなものが、ニコルとキラの間で火花を散らさんばかりに交わされた。
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(この人、アスランの友達だ!)
咄嗟にガバリと半身を起こしたキラは、忽ち酷い嘔吐感に襲われるハメになった。込み上げるものを必死で堪え、楽な姿勢を求めて前のめりに上体を折った。
「ああ…そんな急に起き上がるから」
荒い呼吸を繰り返す背中をニコルに擦られて、キラは漸く喋れるまでに落ち着いた。
「……こ・こは、貴方たちがよくあつま‥る、店なんです・か?」
「ええ。そうです。だから安心して――」
「帰ります」
まだ青い顔をしているキラを宥めようとしたニコルの言葉は、存外にキッパリした口調に遮られた。そのままソファから足を下ろしたキラを、慌てて制止する。
「ちょ、無理ですよ!貴方は完全に意識を失っていましたし、まだ冷めるほど時間も経ってませんから!―――あっ!」
反射的に掴んだ腕を、予想外の力で振り払われ、ニコルが声を上げる。キラ自身もそんなに強く払ったつもりはなかったのだ。ただ酔いの残る身体では抑制が効かなかった。
もたらされた結果に驚いて、キラはやや茫然として動きを止める。
「ご・ごめんなさい…」
「いいえ、大丈夫です。それよりもう少し冷めるまでここにいらしてください。ほらフラフラじゃないですか」
苦笑したニコルの主張は正論で、一度は立ち上がったキラだったが、すぐに足元がもつれて、ポスンと再びソファに腰を落としてしまった。
しかしここは彼らがよく集まる店だとニコルは認めた。ということは、わざわざ彼らが呼ばなくても、偶然アスランが訪れる可能性も大いにある。気遣いは有難いが、やっぱりなんとしても今すぐ帰らなければと上げた顔の目前に、水の入ったグラスが突き付けられた。
「ほらよ、水」
ディアッカだった。
「驚いた。意外に気が利くんですね」
すかさずニコルがわざとらしく目を丸くして揶揄かった。
「あのよー、意外は余計だと思わね~か?」
報復とばかりにニコルの頭にポスンと軽く手刀をお見舞いしたディアッカも、勿論本気で怒っているわけではない。ニコルは叩かれた場所を些か大袈裟に押さえて「痛いじゃないですか」などと、敢えて避けもしなかったことを棚に上げて抗議してみせた。
軽妙なかけあいに、思わずキラがクスリと笑みを零す。それがキラの緊張を少しでも緩和させるための、計算された遣り取りであることくらい、いくらなんでも気が付がくというものだ。
キラは受け取ったグラスを、両手で大事そうに持ち直した。
「有難うございます。いただきます」
素直に厚意を受け入れる姿勢には好感が持てる。警戒を解かせ、少しでも色々と喋り易くなるよう下心付きで水を用意し、ニコルとの寸劇までやったディアッカは、流石にちょっとバツが悪い思いになった。
一方のニコルはキラが堂々と厚意を受け入れた様子に「受けて立ったのだ」と感じた。
(見た目と違って意外に気が強いみたいですね。でもそうでなければ面白くありません)
冷たい水でキラが人心地つくのを見計らって、早速ニコルは本丸へと踏み込んだ。相手に余り喋りたくない事実を暴露させるには、不調法を装って核心を突き、反応を伺うのが効果的なのだ。
「キラさんって、アスランの許婚者だったんですよね」
(おいおい、ニコル~!容赦ねえな!!)
吸っていた煙草で派手に噎せたディアッカにはいっそ清々しいくらい無視をくれて、ニコルはひたすらキラの出方を注視した。
ニコルの視界の中で、どんどんキラの表情が消えていく。人形のように固定された無表情になったキラからは何の返答もなかったため、自然、三人の間に沈黙が降りた。
「………、キラさん?」
「今、僕の反応を観察してましたよね。趣味が悪いんだから」
一瞬、張り詰めた怒気のようなものが、ニコルとキラの間で火花を散らさんばかりに交わされた。
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