怠け者




無理に起こそうとしないニコルに、ディアッカも敢えて反論することはなかった。どうせ時間は腐るほどあるのだ。
再びプカリと煙を吐き出すと、呑気な口調で同意を示した。
「まぁな。なんだかんだ言ってもあのアスラン・ザラが気に掛ける相手だからなぁ。容姿が際立ってるのは最早前提条件だろ」
「僕ら、目は肥えてますからね」
本当に許婚者に興味がないなら、アスランは完全に無視するはずだ。拒絶はしないが受け入れることもなく。
最初は“アスハの二番目”が納得出来ず、抵抗することから始まった。が、そもそもそこからが違っていたのだ。
好きも嫌いも相手に拘りがあるからこそ発生する感情で、つまりアスランはキラを“拒絶”という形で“受け入れ”ていたのだと思えなくもない。
「ひょっとしたら一目惚れだったりして」
ニコルのちょっとした思い付きに、ディアッカは大爆笑する。
「いーね~!その甘酸っぱい感じ!!もしそうなら、そいつみたいなのがアスランのタイプだったなんて、完全に想定外だよな~」
「想定外とは?」
「だってそのキラってやつ、まんま子供じゃねーか。道理でいくら綺麗でも化粧の権化みたいな女じゃ、アスランが靡かないわけだ。俺なんか取り敢えず出るとこ出てないと眼中にないけどなぁ」
「即物的ですね。貴方の好みは訊いてませんし、よーく知ってます。それに……」
「ん?なんだ?」
「あ、いえ。何でもありません」
ニコルは「キラさんって数年もすれば、とびきりの美人になりそうじゃないですか」という言葉を飲み込んだ。そんな先のことはどうでも良かったし、そろそろキラが本格的に目を覚ましそうだったからだ。



「おはようございます、キラさん?」
少し強めの声に促されるように、キラの長い睫毛が細かく震え、程なく薄い瞼が開いた。
「これは…凄いですね」
現れた至高の紫水晶に、流石のニコルも陳腐な台詞しか出てこなかった。まだ半覚醒だからか、何度か繰り返される瞬きごとに、暗い店内の僅かな照明が反射し、キラキラとした輝きを放つ。
「…―――え…?あれ?」
漸く頭が付いてきたらしいキラの、惜し気もなく真ん丸に見開いた瞳が、目の前のニコルを映して焦点を結んだ。
「気分はどうですか?」
見た目だけは優しげな雰囲気を持つニコルは、こういう場面でかなり得をする。例え肚の中が真っ黒であろうとも、そんなものを見た目から悟られるほど愚鈍でもない。
これがディアッカならこうはいかなかっただろう。お陰でキラも比較的穏やかな覚醒が果たせたのだが、前後の記憶が飛んでいる上、知らない顔に知らない場所とくれば、混乱は避けられなかった。
「あ・貴方…誰ですか?ここは……」
取り乱しかけるキラを落ち着かせるため、ニコルは邪気を一切削ぎ落とした笑顔を作った。
「心配いりません。僕はニコルといいます。貴方が酔い潰れてらっしゃったので、ここへお連れしただけですよ」
かなり端折った説明ではあったが、キラはそれで朧気ながらも成り行きを思い出した。そしてふとニコルという名に引っ掛かりを覚える。
「ニコル…さん?」
「はい」
相変わらずの笑顔を崩さないニコルに薄ら寒さを覚えながら、ディアッカもキラへと小さく手を上げて見せた。なまじの状況説明より、余程分かり易いと思ったからだ。
「よーお!」
「!」
狙い通り、ディアッカに視線を向けるなり、キラの顔色が変わった。
「あ・貴方は!!」
ディアッカの姿を認識するなり、キラはニコルの名をどこで聞いたか思い出した。以前アスランから聞いたことのある名前だったと。




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