怠け者




ニコルも多少の切り替えを要したらしく、ゴホンと実に態とらしい咳払いをしてから“策”とやらの披露にかかった。
「で、さっきやりかけた覚悟の確認ですが。キラさん、当面の貴方がたの“敵”はカガリ嬢です。それをきっちりと認識してください。その上でこれから彼女に酷い仕打ちをする結果になったとしても、事態を静観していられますね?」
「え?……あ、はい」
途端に曖昧になる応えに代わって、アスランが即座に頷いた。
「それは俺に任せてくれ。キラには口出しさせない」
「アスラン!」
「……いいでしょう」
勝手に決めつけられて勘に障ったキラから抗議が上がるが、ニコルはそれを黙殺した。自分たちだけなら目的を達成するため、どこまでも冷酷になれる。しかしキラは頭で分かっていても、中々割り切れるものではないだろう。相手は女性であり、ましてや実の姉である。
キラが特別優しいと言っているのではない。寧ろそれが普通の感覚なのだとも思うが、安い仏心などに邪魔されて中途半端に終るくらいなら、最初から何もしない方がマシだ。
だからこそ一番の弱点になり得るキラに覚悟のほどを再確認したのだが、アスランがついていてくれるなら問題ないとニコルは判断した。
「あの、まさかとは思うけど‥カガリを傷付けるようなことは…」
「怪我とかそういう身体上のことだったら心配は無用です。カガリ嬢にはおそらく人生初のモテ期に入って頂くだけですから」
「モテ期?」
どんな残酷な目に合わせつもりかと身構えていたキラは、拍子抜けしてしまった。
その言葉からは俄かに悪いイメージは浮かばない。というかモテるというのは幸せなことではないだろうか。
頭の上にクエスチョンマークが見えそうなほど首を捻るキラを、こちらもサラッとスルーしたディアッカが、質の悪い笑みを唇に刻んだ。
「いいね~。退屈しなさそうだ」
アスランは無言だったが、反対する様子は見られない。


解ってないのはキラだけのようである。


「当たり前ですがそんな都合のいい偶然が起こるわけがありませんから、こちらからそうなるように仕掛けます。ディアッカ、アテはありますか?」
「何で俺よ。……まぁ声かけりゃ動く奴らに心当たりがないでもないが」
「どっちなんですか。ま、僕も同じ穴の狢ですから、人のことは言えませんけどね。とにかく色んなタイプを集められるだけ集めることにしましょうか。カガリ嬢の好みも分かりませんし」
「アスランを選ぶ辺り、メンクイには違いないだろ~が。ま、りょーかいした」
「で、アスランはカガリ嬢をエスコートしてありとあらゆるパーティとかに可能な限り連れ出してください。集めた中に家柄の良い男がいれば、ほらあの“夜会”とやらに紛れ込ませるのも有効ですよね。内外に“婚約披露”されたアスランなら、あのお上品な夜会にも出席は許されるでしょう?」
階級主義のパーティへの侮蔑を隠しもしないニコルの台詞に、アスランは苦笑混じりに頷く。
「承知した」
ここまでの会話を聞いていて、ピンとこないほど、キラも愚鈍ではなかった。
「男の人を集めて…カガリを作為的に誘惑するってこと?」
「ホスト紛いの男にチヤホヤされれば免疫のないカガリ嬢はさぞや目移りするでしょうね。アスランはきっとカガリ嬢を政略上の正妻以上の扱いをする気もないでしょうから、その辺りを男に優しく慰められれば、落ちるのは時間の問題ですよね」
「そんで他の男に夢中になったカガリ様とやらの方から婚約の解消を求めてくるか、男にだらしない女はごめんだとアスランが不履行を申し立てるか。まぁそのくらいじゃあのアスランの親父の気が変わるとは思えないが、少なくともアスハにとっては立派な醜聞になるだろうよ。歴史のあるお家柄ってのは体面ってのを重んじるんだろ?」
“人生楽しまなくては損”が信条のディアッカは「俺には到底理解不能だけどな」と付け足した。

金にものを言わせたごり押しではないのだと、キラは一先ず安堵した。ザラ家ほどではなくてもニコルの実家もディアッカのそれも、世間では音に聞こえた資産家である。疑うのは嫌だが命を狙うような恐ろしい話に発展するのではないかと密かに危惧していた。未だ信じられないが、アスランをカガリと婚約させるため、自分の命が危険に晒されていたという前例があったらしいからだ。




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