怠け者
・
そう思うと、知らず重い溜息が零れた。
「…―――いいよねぇ」
「?」
「無くしたことのない人は」
また成金だなんだと謗りを受けるのかと勘違いしたアスランは、少々鼻白んだ。
「無くすよりいいだろう?」
またもや雲行きが怪しくなってきたのを、いち早く察知したのだろう。ディアッカがそそくさと立ち上がり、ニコルの隣へと移動した。それがまたキラの癇気に障った。
「違くてさ。無くしたことのないきみには、無くした者の気持ちなんか永遠に解らないんだろうなって言ってんの!」
「……何が言いたい?」
この期に及んで、まだ解らないのかと舌打ちする。
「だから!心から大事にしているものを奪われたら、辛いものなんだよ、普通は!!」
喧嘩がしたいわけではないのに、自分のこの気の強さには時々辟易とさせられる。
でもたかが泣いた事実を知ったくらいで、動揺されるのでは割に合わないと思ったのだ。
だってキラは絶望した。
どんなに望んでも、やっぱり自分は“失う”側の人間なのだと、目の前が真っ暗になった。
「………………?」
ふと場に不可解な静寂が落ちているのに気付いて、キラは天井を半ば睨み付けていた視線を戻した。
すると自分を除く三人が、それぞれポカンと毒気を抜かれたような表情を曝していた。
「…―――な・なに?」
すると真っ先に呪縛が解けたらしいディアッカが、ガリガリと頭を掻きながら、彼にしてはかなり素直に、質問に対する答えをくれる。
「いや、さぁ…。俺らもまさか姫さんから、そんな熱烈なノロケを聞かされるとは思ってなかったから」
「えっ!!」
「だって姫さんが泣いたのは“心から大事にしてるもの”を失ったからだろ。それってアスランが心から大事だって言ったようなもんなんだけど」
「――――、あ!」
アスランもそう思ったのかと彼の方を向くと、当の本人は頬を赤く染めて、片手で口許を覆っているところだった。
「ああぁぁぁっ!!ち!違うんだ、アスラン!!僕が言いたかったのは――!!」
「…今の、ノロケ、なのか?」
どこまでも唐変木らしいアスランは、キラの必死の言い訳も聞こえていないかのように、ディアッカに向けて尋ねたりしている。
女遊びのスペシャリストの称号も、これでは全くの形無しである。
「は~あ…。寧ろそれ以外に何だって感じだけど?」
「だから違うんだってば!」
即座にキラに矛先を向けられたディアッカは、しかたないなぁとばかりに片眉を上げて適当に同意した。
「あ~はいはい。違うんだよな~。姫さんが言いたかったのはあくまでも一般論。一般論、なんだよな~」
「おい!一体どっちなんだ!」
だが今度はアスランに噛みつかれるのだから、ディアッカも堪ったものではない。そもそも仲が拗れるのを面白がって、わざとこの場でイザークと何があったかを訊いてやっただけのはずだったのに。却って纏まってしまったのでは最早白ける他はない。
「つか、そこんところは一々俺を挟まずに、二人で勝手に話し合ってくんない?」
「「っ!?」」
突き放す口調で言われて、思わずお互い顔を見合わせてしまったアスランとキラは、音が聞こえるほど真っ赤になると図ったように同時に俯いてしまった。
なんだ。その純心可憐な乙女のような反応は。
しかもキラはともかく、アスランには確実に似合ってない。
どころか気味が悪い。
「…………そろそろいいですか?」
ガラガラと音を立てて崩れていく自分の中のアスラン像に軽い目眩を覚えながら、ニコルは恥じらい合う二人に嫌そうに声をかけた。そうしないとバカップル二人はいつまでもああやってモジモジし続けるに相違ないだろう。そんなことは後で二人きりになった時にでもやってくれ!と思う。それはもう切実に。
ニコルの横槍にキラはハッと我に返ったように、二人だけの世界から戻って来た。既にニコルとディアッカなど眼中になかったのか、散々目を瞬いたりしている。因みにアスランは「邪魔が入った」と言わんばかりの仏頂面だった。ひょっとしたら、いち早く普段のペースを取り戻していて、このままラブシーンに持ち込もうなどと画策していたのかもしれない。
だとしたらやはり自分の行動は正しかったと、ニコルは内心でヤケクソ気味に自画自賛した。
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そう思うと、知らず重い溜息が零れた。
「…―――いいよねぇ」
「?」
「無くしたことのない人は」
また成金だなんだと謗りを受けるのかと勘違いしたアスランは、少々鼻白んだ。
「無くすよりいいだろう?」
またもや雲行きが怪しくなってきたのを、いち早く察知したのだろう。ディアッカがそそくさと立ち上がり、ニコルの隣へと移動した。それがまたキラの癇気に障った。
「違くてさ。無くしたことのないきみには、無くした者の気持ちなんか永遠に解らないんだろうなって言ってんの!」
「……何が言いたい?」
この期に及んで、まだ解らないのかと舌打ちする。
「だから!心から大事にしているものを奪われたら、辛いものなんだよ、普通は!!」
喧嘩がしたいわけではないのに、自分のこの気の強さには時々辟易とさせられる。
でもたかが泣いた事実を知ったくらいで、動揺されるのでは割に合わないと思ったのだ。
だってキラは絶望した。
どんなに望んでも、やっぱり自分は“失う”側の人間なのだと、目の前が真っ暗になった。
「………………?」
ふと場に不可解な静寂が落ちているのに気付いて、キラは天井を半ば睨み付けていた視線を戻した。
すると自分を除く三人が、それぞれポカンと毒気を抜かれたような表情を曝していた。
「…―――な・なに?」
すると真っ先に呪縛が解けたらしいディアッカが、ガリガリと頭を掻きながら、彼にしてはかなり素直に、質問に対する答えをくれる。
「いや、さぁ…。俺らもまさか姫さんから、そんな熱烈なノロケを聞かされるとは思ってなかったから」
「えっ!!」
「だって姫さんが泣いたのは“心から大事にしてるもの”を失ったからだろ。それってアスランが心から大事だって言ったようなもんなんだけど」
「――――、あ!」
アスランもそう思ったのかと彼の方を向くと、当の本人は頬を赤く染めて、片手で口許を覆っているところだった。
「ああぁぁぁっ!!ち!違うんだ、アスラン!!僕が言いたかったのは――!!」
「…今の、ノロケ、なのか?」
どこまでも唐変木らしいアスランは、キラの必死の言い訳も聞こえていないかのように、ディアッカに向けて尋ねたりしている。
女遊びのスペシャリストの称号も、これでは全くの形無しである。
「は~あ…。寧ろそれ以外に何だって感じだけど?」
「だから違うんだってば!」
即座にキラに矛先を向けられたディアッカは、しかたないなぁとばかりに片眉を上げて適当に同意した。
「あ~はいはい。違うんだよな~。姫さんが言いたかったのはあくまでも一般論。一般論、なんだよな~」
「おい!一体どっちなんだ!」
だが今度はアスランに噛みつかれるのだから、ディアッカも堪ったものではない。そもそも仲が拗れるのを面白がって、わざとこの場でイザークと何があったかを訊いてやっただけのはずだったのに。却って纏まってしまったのでは最早白ける他はない。
「つか、そこんところは一々俺を挟まずに、二人で勝手に話し合ってくんない?」
「「っ!?」」
突き放す口調で言われて、思わずお互い顔を見合わせてしまったアスランとキラは、音が聞こえるほど真っ赤になると図ったように同時に俯いてしまった。
なんだ。その純心可憐な乙女のような反応は。
しかもキラはともかく、アスランには確実に似合ってない。
どころか気味が悪い。
「…………そろそろいいですか?」
ガラガラと音を立てて崩れていく自分の中のアスラン像に軽い目眩を覚えながら、ニコルは恥じらい合う二人に嫌そうに声をかけた。そうしないとバカップル二人はいつまでもああやってモジモジし続けるに相違ないだろう。そんなことは後で二人きりになった時にでもやってくれ!と思う。それはもう切実に。
ニコルの横槍にキラはハッと我に返ったように、二人だけの世界から戻って来た。既にニコルとディアッカなど眼中になかったのか、散々目を瞬いたりしている。因みにアスランは「邪魔が入った」と言わんばかりの仏頂面だった。ひょっとしたら、いち早く普段のペースを取り戻していて、このままラブシーンに持ち込もうなどと画策していたのかもしれない。
だとしたらやはり自分の行動は正しかったと、ニコルは内心でヤケクソ気味に自画自賛した。
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