怠け者




「…………キラ」
アスランから発せられる不穏な空気は、どんどんと密度を増していく。キラの背に冷たい汗が流れ落ちるという、物理的な現象を起こすほどだった。
「ちょ、待ってよ!!なんで僕が怒られるの?それっておかしくない?」
「隠すからだろう!」
「隠してなんか!イザークさんはただ僕に、泣き場所を提供してくれただけなんだって!」
「泣き――」
「あ……」
ここで適当な嘘のひとつも出てこない自分の馬鹿正直さが嫌になる。

キラが事実を正直に話してしまわない理由は2つあった。
アスランを失ったと思ったキラは、堪えきれずに大泣きした。男のクセに恋人に去られたくらいでこんなに弱くなるなんてと、キラにとってはただただ醜い姿でしかなかった。
もう誰にも頼るものかと決めたから、独りで立ち直るしかないのは分かっていたが、きっとそれには母を喪った時よりも長い時間が必要になるだろうことは予想していた。そこへ救いの手を差し伸べてくれたのがイザークで、不器用ながら示されたほんの少しの優しさは、張り詰めた心に風穴を開けた。それが泣くという事象をもたらしたのだ。泣いて一気にストレスを吐き出せたことにより、開き直りに似た気持ちになれたから、それはそれで悪くはなかった。だからイザークには感謝している。
ただ格好悪くて、誤魔化してしまえるならそうしようとしたのだ。それ以外に他意はない。

そしてもうひとつの理由は、キラが泣いたと知れば、アスランが嫌な気分になるのではないかと思ったことにあった。
アスランがキラを今までの一夜限りの女たちと同じと位置付けていたなら、イザークをも巻き込んで大泣きした自分を蔑むだろうし、仮にキラを大事に想ってくれた瞬間があったなら、泣かせてしまったことに罪悪感を持つ。
どちらにしても良い気分ではないはずだ。

だからキラは誰にも言う気にはなれなかった。



起こってもいない、起こるはずもない妙な勘繰りを受けたくない一心で、思わず真相を白状してしまった瞬間、アスランは絶句した。
有らぬ誤解が解けたのは何よりだが、やはり言うべきではなかったと、忽ち後悔が押し寄せる。

「…………泣いたのか」
「う……そりゃ、まあ‥一応ね!裏切られたら辛いじゃない?普通は」
「そっか。そうだよな…」
項垂れるアスランに落ち着かない気分にさせられる。
というか、やっぱりどこかズレているとキラは思った。これでは悪いのはキラのようではないか。
「きみがカガリを選んだ事実を、いきなり目の前に突き付けられて、僕が哀しまないとでも思ってた?」
「いや、寧ろそういうことを全く想定してなかった。ただキラを危ない目に合わさないようにするために、一番合理的な方法を取っただけだ」
だからカガリを選んだと言いたいのだろう。

駄目だこれは、とキラは天井を仰いだ。


アスランと会話が噛み合わないことは、これまでも何度もあった。
自分が平均だとは思わないが、それにしてもアスランはやはり少し変わっている。生まれつきの聡明さと綺麗な外見を持ち、望むものは何でも手に入れられる、恵まれた環境で生きてきたはずなのに。いや、だからこそかもしれない。
今回の“婚約劇”もその回転の良過ぎる頭脳が弾き出した最良の方法だったのだろう。それを証拠にアスランは“合理的”だと表現した。

払う犠牲を最低限に、得るものを最大限にする方策でいいならば、コンピューターにでも計算させておけばいいのだ。だが人には感情というものがあって、全てが合理的に割り切れるものではない。だからこそ、哀しい思いもするが、喜びを感じることもあるというのに。

アスランとはそういった情操面が不十分な男だと、常々キラは思っていた。


望む前から与えられてきたアスランに、失った者の気持ちを察しろと言っても、所詮は無理な話しなのだろうか。
育ってきた環境が違うから。
だから解り合えることはないと、諦めるべきなのか。




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