怠け者




「はぁ?お前、なに言って!」
突飛過ぎて意味は分からなかったが、突然敗北者にされたアスランの纏う空気が鋭くなる。これ以上ニコルに余計なことを言わせないよう、慌てて腰を浮かしたディアッカだったが、残念ながら間に合わなかった。
「アスランが言い負かされるところなんて、僕、初めて見ましたよ。キラさんってほんと強いんですね!」
「ええ!?…―――僕、ですか?」
「そうですよ。アスランが唯一勝てない相手がいるとしたら、きっとキラさん。貴方以外にいないでしょうね」
「はぁ…」
あまり褒められた気はしなくて、キラは頬を真っ赤に染めて俯くしかない。一方のアスランは唇をへの字に曲げて外方を向いた。反論しないのは認めたのも同然である。言われずとも少しは自覚があったのかもしれない。“惚れた弱み”という常套句くらいならアスランも知っているだろう。
そう考えるとまた可笑しくて、ニコルはひとしきり笑ったのだった。




◇◇◇◇


ニコルが気が済むまで笑い終わるのを待って、ディアッカはキラを流し見た。他人の揉め事を楽しむなんて悪趣味極まりないが、それがディアッカなのである。
「ところでよ。こっからが俺的には興味津々なんだけど。訊いていいか?」
キラが眉を寄せて、首を僅かに傾げる。ニコルに最強認定されて、すっかり忘れてしまっているらしい。
散々笑われて不貞腐れていたアスランも、そうだったとすぐに気持ちを切り替えた。
「姫さんさぁ、イザークとは何かあった?」
「あ・ありませんよ!あるわけないでしょう!!」
途端に裏返った声を上げるキラの否定など、まるで右から左なのか、妙な含み笑いを浮かべたまま、ディアッカはウリウリとキラの腕を肘で突いた。
「うっそん。隠してもネタは上がってるんだぜ」
「ネタって…何のことですか!?」
強気でアスランですら言い負かすキラも、どうも駆け引きとなると話は別らしい。やれやれと、ニコルは額に手を当てて天井を仰いだ。
「キラさん。そんなじゃ“何かあった”って言ってるようなものですよ」
折角纏まりかけた仲もこれでは元の木阿弥だ。今さっき啖呵を切ったキラに、よもやイザークと色めいた何かがあったとは思えないが、アスランは疑心暗鬼に囚われているし、ディアッカは完全に面白がっていて手に負えそうもない。
「イザークがあの夜、姫さんを追い掛けてったのは間違いないんだし、だったらナニかあったって勘ぐるのが筋ってもんだろ?この話を振るだけで、姫さんは真っ赤になるしよ」
どういう“筋”だそれは。と突っ込みたいのは山々だったが、ニコルまでが口車に乗ってきた。その顔がなんだか輝いて見えるのは、決してキラの気のせいなどではないだろう。
「追い掛けたのはキラさんを心配してのことでしょう?イザークが僕と違って基本的に人情家なのは認めますが、何の義理もない人間のために動くほど優しくはない。だとすればそこには彼を動かすだけの理由があったと考えるのが妥当です。例えば好意を持っているとか」
アスランの視線を痛いほどに感じながら、慌ててキラは否定した。
「こ・好意って…!それこそあの人が僕に抱く理由がありません!」
「いや~あるんだなぁ、それが」
ディアッカが芝居じみた所作で、立てた人指し指をチッチッと左右に振った。
「一目惚れ、だったら?」
「ば――!」
「あ~、だったとしたら、弱ったキラさんを落とすことくらい簡単でしたでしょうねえ。なんせ僕らは色恋沙汰にかけては“百戦錬磨”ですから」

ダン!!

竦み上がるような大きな音は、アスランの手元が発信源だった。呷ったグラスをテーブルへと叩きつけたらしい。
それも、力任せに。




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