怠け者




『スペシャルゲスト用意してあるから、絶対来いよ!』


アスランは直ぐ様返って来たディアッカからのメールに、溜息と共に零れ落ちる独り言を止められなかった。
「……何だ、コレは」
一番話がしたい相手はイザークなのだから、やはり彼の携帯へメールすべきだったと後悔してももう遅い。だがイザークに送信しようとして、アスランは妙に躊躇ってしまった。それで仕方なくツルんでいるだろう、ディアッカへメールを送ったのだ。
彼ら二人は同い年で、セットで動いていることが多い。性格は全く違うのだが「合わな過ぎて一周回って逆に合うのかもしれないですね」などと毒舌家のニコルがよく茶化しているし、強ち間違ってはいないとアスランも思っている。

イザークとは対極の調子がいい軽口を身上とするディアッカは、例えメールであっても雄弁さを発揮するらしい。単純に居所を知らせて来る以外にも、訳の分からない内容の一文が添えられていたのだ。
それが冒頭の文面である。


「スペシャルゲストって…――女か?」
ディアッカ=女。この図式は不変のものだ。取り巻き連の中でも生え抜きの美女を侍らせて、ヤニ下がっている光景が目に浮かんで、アスランはうんざりと眉を寄せた。

あのパーティ以降は婚約の挨拶まわりやキラの大学に日参していたアスランは、彼らとは全くの没交渉になっていた。お互い将来はトップに立つ身であるために学部や専攻は同じでも、年が違うため元々大学で一緒になることは皆無なのだ。精々キャンパスで擦れ違うくらいのもので、それこそ挨拶程度の接触に止まっている。
色々と興味本位で詮索されたくなかったアスランには幸いだったが、そんな僅かな邂逅に関わらず、自分が気落ちしているのを見破られたのだろうか。
(女をあてがわれたところで、浮上するものでもないんだが…)
アスランはディアッカと根本的に違う。
落ち込んでいても(尤も落ち込むこと自体、あるのかどうか疑問だが)、ディアッカは女にチヤホヤされれば瞬く間に元気を取り戻す。生まれついての“女好き”の彼は、群がる女たちから、巧みに癒しを得ることが出来るのだ。同じ女遊びをしていても、アスランにとっての女は暇潰しと性欲処理の道具程度でしかない。にも関わらずちょっと優しくすると、すぐにつけあがる女という生き物には、煩わしさしか感じないのだ。
特にこんな気分の時には増々辟易とさせられるのは目に見えていた。


散々迷いはしたものの、結局アスランはメールの店へと向かうことに決めた。集めているだろう女たちの相手は、ディアッカに丸投げしておけばいい。

それよりも、この機会にイザークに会っておくのを優先すべきだと、小さいことには目を瞑ったのだ。




◇◇◇◇


「……う‥ん…」
意味を為さない僅かな声のあと、小柄な身体が身動いで、ニコルは手にしていたグラスをローテーブルに置いた。
「スリーピングビューティーはお目覚めか~?」
立ち上がって対面のソファまで移動し、眠るキラを覗き込むように身を屈めた後ろ姿に、軽妙な軽口が飛んでくる。すぐに振り返ったニコルは心底嫌そうに目を眇めた。
「なんですか?その気障な台詞。気色悪いから止めてください」
「お前ねぇ。気色悪いはないだろ。落ち込むぞ」
ディアッカは肩を落として悲しそうな声で訴えた。が、それも会話の流れを汲んでのもので、悪ノリに近いものである。それを証拠に、咥えていた煙草を指で挿むと、プカリと煙の輪を吐いた。一体どこに本心があるのか全く分からないが、別にニコルもそれを探るようなことはしない。寧ろどうでもいい。
「でもスリーピングビューティー…眠り姫ですか。言い得て妙かも」
「ほーらみろ!」
「そこで貴方が勝ち誇る意味は分かりませんけどね」


馴染みの店のVIP専用の個室を占領し、キラを運び込んでから半刻ほど経過しているだろうか。その間最高級のソファに寝かせたキラを、ニコルはずっと観ていた。因みに“看ていた”ではない。文字通りの“観察”である。
「…可愛らしい方ですよね」
目を醒ますかと思われたキラは、しかし瞼を擦るような仕草をしただけで横向きに寝返ると、顔の横で軽く拳を作って、再び寝息を立て始めた。しかし先刻までの深さはない。間違いなく眠りが浅くなってきているようだ。

キラが覚醒するのは時間の問題だった。




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