拒絶




しかし気が紛れるという当初の思惑は見当外れも甚だしかったらしい。賑やかな場所は蚊帳の外に置かれてしまった状況にしかならず、キラは却って孤独へと追い込まれた。ならば会話に加わってみようとしても、キラのことを話しているはずの彼女たちが、何を言ったら喜ぶのかさえ見当も付かないのだからお手上げだ。
砂を噛むような食事では、元々少食なキラの胃液を早々に止めてしまった。食欲がなくなればもうここに留まる理由はないのだが、場の空気を読めば、すぐに席を立つという暴挙にも出られそうにない。
仕方なく渡された飲み物を言い訳程度に口にしながら、例の薄い笑みを貼りつけて、ひたすら時間が経過するのを待つ他なかった。


賑やかな中で自分だけがポツンと隔離されている感覚。楽しそうな他人は物理的に見てもすぐ傍にいるというのに、まるで透明な硝子で仕切られているかのように、キラの手が届くことはない。心がしんと冷えて来ると、キラの頭を占めるのは、どうやってもアスランのことだった。




一体何を言うつもりなのか知らないが、あれからアスランは時々キラの大学を訪れてくる。あまり人目につきたくないのだろう。見付かってキラに逃げられるのを避けるためか、極力姿を潜め、待ち伏せるようにして。
笑えるのはアスラン本人が口で言うほど、自分が目立つ人間だと自覚が足りてないことだ。アスランは類い稀なる容姿は勿論のこと、とにかく存在感が半端ではなくて、彼に目立つなと言う方が無理な注文なのだというのに。
今回も例に漏れず、キラが最初にアスランが来ていることを知ったのは、女の子たちの華やかな噂話を耳にしたからであった。真面目がウリのこの大学には、知らない男に自分から声をかけるような大胆なタイプは少数派だとはいえ、女子は女子である。遠くから眺めてきゃあきゃあと騒ぎ立てている彼女達に釣られ、視線を向けたのがきっかけだった。

それからというもの、キラはアスランの姿がある時には、正門から帰らないようにしていた。意識すれば見付けるのは簡単なので、避けようとすればこれほど楽な相手はいなかった。
待っているのを知っていて逃げ回る自分に心が痛まないでもないが、約束をしているわけではないし、向こうが勝手にやっていることだ。第一裏切ったのはアスランの方で、キラが罪悪感を持つ必要はないと気持ちをねじ伏せた。
本当は今日もアスランが来ていたから裏門から帰ろうとしたのだ。だが待っていたのは僅か数十分で、早々にあの車で走り去ってしまった。
単に緊急の用事が出来ただけなのだろうが、拍子抜けしたと同時に、所詮自分など二の次の存在なんだと身勝手にも苛立った。さらに裏を反せば自分がいつの間にか、ずっとアスランを目で追っていたのだということに気付いてしまった。それもキラを打ちのめした。
勿論、彼の姿を探すのは会いたくないからだ。仮にも姉の許婚者となったアスランに今後一切会わずにとはいかないだろうが、今はまだその時ではないと思う。彼に対峙してしまったら、自分がどうなってしまうか全く分からない。もう少し時間が欲しい。せめて泣いて縋ってしまう可能性が綺麗さっぱり消えてしまうまで。
でも顔を合わせないためだけならアスランを目で追う必要はなかった。

理由は至極簡単。
今も、好きだから。
諦めなければならないアスランのことを。キラは、まだ。



いっそのこと、何もかもアスランの所為に出来たらいいのにとも思う。
だが距離を置いて考えると、自分には訪れないと思っていた幸福につい有頂天になって、忘れていただけだった。
仮にアスランがキラを選んでくれたとしても、いつか彼は別の女性とザラ家の後継者を成さなければならないということを。

その時のキラは間違いなくもっとアスランのことを好きになってしまっているだろうから、きっと今とは比べものにならないくらい辛い思いをしたに違いない。




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