拒絶
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◇◇◇◇
(今日は早いんだ…)
アスランの運転する車が走り去るのを見送って、キラは愛用の鞄を肩から斜めにかけた。いつもの帰宅スタイルである。
「あれ、ヤマト。もう帰るんだ」
同じゼミの友人が気付いて声をかけてくる。ここ最近は教授も研究の端境期に入っているらしく、手伝いを請われることはなかったからずっと早い時間に帰っていたのだが、今さらな台詞を吐いたその友人に悪気は全くない。他のゼミ仲間とも必要以上親しくすることを避け、敢えて壁を作っているキラだから、寧ろそうして話し掛けてくる彼は調子の良さが欠点にならない程度の“いい奴”であった。
「うん。お先」
殆ど標準装備と化している笑みを見せ、足早に研究室を出ようとしたキラは、しかし擦れ違いざまに腕を掴まれて立ち止まった。
「あー待て待て!お前さ、このあと暇か?」
「え、うん。暇だけど。でも悪いけど、僕、今バイトとかする気にならないから…」
そんな友人は時々キラにバイトの代行を頼んできたりもする。しかしいくら他人から普通に見えていたとしても、今のキラにはそんな気力は全然ないのだ。
比較的話す機会が多いとはいえ、勿論雑談をするような仲では有り得ない。先回りしてやんわりと断りを入れたキラだったが、友人は人の善い笑顔を見せた。
「違う、違う!実は今夜合コンあるんだけどさ、ドタキャンした奴がいてさ~、メンツ足りねーの!」
「そう、それは大変だね」
それじゃ、と、バイトの依頼じゃなかったことに安堵して教室の出口へと足を向けた。このくらいの愛想は必要だ。今日は気分ではないが、さりとてあまり邪険にして、この先バイトが回って来なくなるのは困る。
(帰ったら掃除でもしようかな…)
バイトは断ろうとしたくせに、暇を持て余してしまえば、考えたくないことまで考えてしまいそうで嫌だった。お誂え向きに天気も上々だ。念には念を入れて窓も拭こうなどと、さして広くない自分のアパートに思いを馳せていると、まだ掴まれたままだったらしい腕を更に強く引かれて、キラは訝しげな視線を友人に向けるハメになった。
「だから待てって!なんでそうなるんだ!」
「え?」
「今の流れはどう考えても合コンへの勧誘だろ!!」
「…――誰を?」
眉をひそめて僅かに首を傾げたキラは、本当に分かっていないのだ。
友人はさっきまでの勢いは何処へやら、やや芝居がかった仕草でがっくりと肩を落とした。
いくら狭いアパートとはいえ、あまり時間をくっては窓拭きまで出来なくなる。が、既に暇だと答えてしまっている以上、急ぐから解放してくれとは言い難い。困ったな、などとやや次元の違うことを考えていたキラの顔前に、友人はビシリと指を突き付けた。
「お前!オレが誘ってるのはお前だよ!」
「は?………僕?」
流石に青天の霹靂で、友人の失礼な行いを咎めることも忘れて、ポカンとしてしまった。
何度も言うが、キラは他人とそういう付き合いをしていない。探られたくない内情を抱えているのと、他者に過大な期待を抱かないためだ。
付き合いが深くなれば情が湧き、期待して裏切られ、傷つくのは目に見えている。キラに惜しみない愛情を注いでくれた母親を喪い、それでも父親の存在に救われたと思った。でも彼はキラの望んでいた愛情を与えてはくれず、何もかもが自分の勝手な期待であったことを痛感した。その疵は今もキラの中で上手く処理されていない。
それでも、唯一求めた相手だったのに―――。
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(今日は早いんだ…)
アスランの運転する車が走り去るのを見送って、キラは愛用の鞄を肩から斜めにかけた。いつもの帰宅スタイルである。
「あれ、ヤマト。もう帰るんだ」
同じゼミの友人が気付いて声をかけてくる。ここ最近は教授も研究の端境期に入っているらしく、手伝いを請われることはなかったからずっと早い時間に帰っていたのだが、今さらな台詞を吐いたその友人に悪気は全くない。他のゼミ仲間とも必要以上親しくすることを避け、敢えて壁を作っているキラだから、寧ろそうして話し掛けてくる彼は調子の良さが欠点にならない程度の“いい奴”であった。
「うん。お先」
殆ど標準装備と化している笑みを見せ、足早に研究室を出ようとしたキラは、しかし擦れ違いざまに腕を掴まれて立ち止まった。
「あー待て待て!お前さ、このあと暇か?」
「え、うん。暇だけど。でも悪いけど、僕、今バイトとかする気にならないから…」
そんな友人は時々キラにバイトの代行を頼んできたりもする。しかしいくら他人から普通に見えていたとしても、今のキラにはそんな気力は全然ないのだ。
比較的話す機会が多いとはいえ、勿論雑談をするような仲では有り得ない。先回りしてやんわりと断りを入れたキラだったが、友人は人の善い笑顔を見せた。
「違う、違う!実は今夜合コンあるんだけどさ、ドタキャンした奴がいてさ~、メンツ足りねーの!」
「そう、それは大変だね」
それじゃ、と、バイトの依頼じゃなかったことに安堵して教室の出口へと足を向けた。このくらいの愛想は必要だ。今日は気分ではないが、さりとてあまり邪険にして、この先バイトが回って来なくなるのは困る。
(帰ったら掃除でもしようかな…)
バイトは断ろうとしたくせに、暇を持て余してしまえば、考えたくないことまで考えてしまいそうで嫌だった。お誂え向きに天気も上々だ。念には念を入れて窓も拭こうなどと、さして広くない自分のアパートに思いを馳せていると、まだ掴まれたままだったらしい腕を更に強く引かれて、キラは訝しげな視線を友人に向けるハメになった。
「だから待てって!なんでそうなるんだ!」
「え?」
「今の流れはどう考えても合コンへの勧誘だろ!!」
「…――誰を?」
眉をひそめて僅かに首を傾げたキラは、本当に分かっていないのだ。
友人はさっきまでの勢いは何処へやら、やや芝居がかった仕草でがっくりと肩を落とした。
いくら狭いアパートとはいえ、あまり時間をくっては窓拭きまで出来なくなる。が、既に暇だと答えてしまっている以上、急ぐから解放してくれとは言い難い。困ったな、などとやや次元の違うことを考えていたキラの顔前に、友人はビシリと指を突き付けた。
「お前!オレが誘ってるのはお前だよ!」
「は?………僕?」
流石に青天の霹靂で、友人の失礼な行いを咎めることも忘れて、ポカンとしてしまった。
何度も言うが、キラは他人とそういう付き合いをしていない。探られたくない内情を抱えているのと、他者に過大な期待を抱かないためだ。
付き合いが深くなれば情が湧き、期待して裏切られ、傷つくのは目に見えている。キラに惜しみない愛情を注いでくれた母親を喪い、それでも父親の存在に救われたと思った。でも彼はキラの望んでいた愛情を与えてはくれず、何もかもが自分の勝手な期待であったことを痛感した。その疵は今もキラの中で上手く処理されていない。
それでも、唯一求めた相手だったのに―――。
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