拒絶




取り落としそうな勢いで液晶を確認したアスランは、表示された番号にあからさまに落胆の溜息を吐いて通話ボタンをタップした。番号はザラ家の主回線のそれだった。
「……俺だ」
『アスランさま。カガリさまから伝言を承っております』
大方の予想通り、聞こえてきたのは執事の感情のこもらない声。アスランはそういえばカガリのことを放置したままだったと他人事のように思った。
パーティ以降一切の接触を断っていた。というかキラに会わなければとそればかりにかまけて、およそ許婚者に対する最低限の礼儀というものを失念していた。いかにも我慢というものを知らなそうな女だから、待てど暮らせど連絡のひとつも寄越さないアスランに痺れを切らせたというところか。
アスランもアスランで携帯を買い直したことは勿論、新しい番号も報せていない。その必要性も感じなかった。正式に許婚者となったカガリだが、アスランの中ではその他大勢の群がる女と大差ないのだ。いや、パトリックが絡んでくる以上、遊び相手の女たちの方が、後腐れなくてマシでさえあった。
使用人から聞き出したかつての番号をカガリは知っていたから、これまでもかけてきていたに違いないが、生憎とその携帯は壊れてしまって既にない。彼女が今回、前回同様家人に番号を訊かなかったのは、許婚者になったことへの妙な余裕というか自尊心の現れであろうか。
他人から聞き出さなくても、許婚者となった今の自分なら、堂々と本人から訊けば済むという類の。

何にせよカガリの思惑など、全くアスランの興味を引くものではなかった。
有体に言えば「どうでもいい」というやつだ。



執事をはじめ、使用人たちがアスランの所在を訊くことはなかった。パトリックの拘束から解放され、以前のように遊び歩いているとでも思われているのだろう。
「聞こう」
アスランも短く最低限の言葉で応じる。元々彼らとはそういう事務的な関係だ。
『今夜、アスハ邸へお越しくださいとのことです』
キラが捕まらない現状で元々常駐していた眉間の皺が深まる、此方の都合を一切無視した随分と一方的な伝言だった。きっとあのカガリのことだから、もっと乱暴な言葉遣いで「ウチへ来いと伝えろ」とでも言ったに違いない。まるで見ていたかのように想像し、そしてその想像があながち外れていないのが分かっているアスランは内心で悪態を吐いた。

カガリは深窓のご令嬢に不似合いな豪放磊落で元気一杯な女である。それ自体はそう悪いことではないのかもしれない。だがその真っ直ぐで歪みない性格は、自分の要求が通らなかった経験のない生い立ちから形成されたものだ。臆面もなく「欲しい」と言えるのは、言えば必ず与えられると信じて疑わないからだ。
その影で誰かが何かを諦めたり手放したりしているなど、微塵も考えつかずに。

こういうタイプは厄介だ。
本人に全く悪気がないのは、果たして幸いなのか、そうではないのかすら判別つかない。
いや、寧ろ悪意を持っているなら、それは意図してのことだから、やめるのも不可能ではないだろう。だが無意識下での行状ならば、彼女のそれは一生改善されることはない。


しかも泣いたのは、他でもないキラなのだ。




カガリの“命令”などきいてやる義理はないと、即座に「断っておけ」と口にしかけたアスランは、寸でのところで留まった。キラがアスハ家に身を寄せている可能性に気付いたからだ。無いだろうとは思う。だからこそアスランもアスハ家は最初から排除していた。だが曲がりなりにもキラの実家である。確率は低くとも100%は否定出来ない。
考え出すと確かめずにはいられそうになかった。
「…―――分かった」
たった一言告げると、アスランは即座に通話を終えた。まるで誰かの意図する通りに動かされているようで、甚だ面白くなかった。




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