拒絶




◇◇◇◇


まずは一番会う確率の高いアパートへ行こうと考えたのは、キラと連絡を取る手段が何もなかったからである。電話をかけても出てくれない、メールをしても返信はなし。挙げ句アスランの携帯は粉々では突然押し掛ける他に選択肢はなかった。
常時なら忙しくしているキラだが、本意ではなかったとはいえ、酷い目に合わせた自覚はアスランにもある。バイトなどする気力もなく、打ち拉がれているかもしれない。

だが到着したアパートの薄いドアの向こうに人の気配は皆無で、ホッとしたようなガッカリしたような微妙な気分にさせられた。


ここに居ないとなると、他に思い当たるのは大学くらいしかない。
それと同等にバイトの可能性も捨て切れないが、キラの引き受けるそれは大抵が単発で、イベント事やそうでなければ誰かの代理のことが多く、従ってコロコロと勤め先が変わってしまうのだ。成績はすこぶる優秀だと聞いているが、奨学金を貰っているため、学業には影響を及ぼしたくないという理由から、長期のバイトは断っているということだった。師事している教授のポケットマネーで手伝いをする時もあるから助かっていると以前チラッと言っていて、ならば成績の心配など必要ないのではとアスランなどは思ったものだ。因みにその教授とは世間に名の知れた高度な知識と経験を持つ老齢の人物で、畑違いのアスランですら何かの雑誌で顔を知っているくらい高名だった。そんな教授相手に手伝いとはいえ力になれるのだから、キラの優秀さは言うに及ばずであろう。そもそもそんな教授は多くの講師も抱えているのが定石のはずなのに、それを飛び越えて学生のキラが指名されていること自体、相当だと思う。しかもポケットマネーときた。


しかし政財界に多少顔の利くアスランも、流石に教授との面識まではない。
突然訪ねて行くのは躊躇ったものの、大学の正門前で待っていれば帰宅前に捕まえられるかもしれないと思い直し、アスランはお世辞にも綺麗だとは言い難いキラのアパートを後にした。




◇◇◇◇


「一体どうなってるんだ?これは――」

誰も答えてくれる者がいないと分かっていても、思わず弱音から来る疑問が口をついてしまったのは無理もない事態だった。



パトリックのマークが外れたあの日から、アスランは時間が許す限り、キラのアパートと大学を交互に通うようにしていた。
だが既に数日が経過したにも関わらず、ただの一度もキラを捕まえられないどころか、気配さえ感じられないのだ。
以前は意図せずとも、色んな場所で顔を合わせていた二人が、嘘のようだった。

勿論自分の癇癪で壊してしまった携帯はすぐに買い直し、電話やメールで連絡をつけようとの努力も継続中だ。しかし相変わらずキラが応えてくれることはなかった。


(まさか…辞めた、なんてことは……)
こうまで逢えないとなると、それはないだろうと笑えるほどの有り得ない考えまでが頭を占め始める。

キラは真性の意地っ張りだ。例えどんなに絶望していても、それとこれとは別なのだと、敢えて分けようとする。傷付いていればいるほど、絶対に周囲にそれを悟らせまいとして、無理矢理にでも普通の生活を続けようとするに違いない。そんな姿を見せるのが罪だと信じているかのように。

虚勢を張るキラはアスランからは非常に危なっかしく見え、自分が支えてやれたらと思う内、それはいつしか自分にだけは本音を曝して欲しいという願いになっていた。


アスランの知る限り、キラが全てを任せられる人間はいない。
今も独りで飲み込もうとしているのだろう。周囲に気付かせることなく。
開いた傷口から血を流し続けたまま。


作り笑顔を貼りつけたキラの姿が脳裏に浮かび、アスランの焦燥は増々募っていった。




見付け次第有無を言わせず車に乗せるつもりでいたから、初日に家の車で来た以外、ずっと自分の車で訪れている。が、今日も変わらずキラは現れない。焦れて意味もなく車から出たり入ったりを繰り返していると、胸ポケットに突っ込んだままだった携帯が着信を報せた。




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