拒絶




キラに繋がらない電話など、持っている意味はなかった。

ただ内心を焦燥感で一杯にしながらも、従順なフリを続けた努力は漸く功を奏したらしい。パトリックはおとなしく従うアスランが、もう諦めたと判断したのだろう。元々ワンマン社長なのだから忙しい身である。その父がそうそう仕事を蔑ろに出来るわけがないのだ。
アスランは商談で家を留守にするこの時をずっと待っていた。

機能を停止した携帯の残骸になど見向きもせずに、やはりキラに直接会いに行くしかないと決断する。


「車の準備を!」
パーティの前はあれほど頑なにアスランを屋敷に縛り付けようとしていた使用人が、肩透しを食らうほどあっさりと言うことをきく。どうやら安心し切ったのか、パトリックから何の命令も受けてないらしい。やっと得た自由な時間を満喫するために、遊びに行くとでも思っている節があった。パトリックのみならず使用人たちまでもが、アスランが既に諦めたのだと判断しているのだ。

自分のことながらそう思われるのは当然だと苦い笑いが込み上げる。
全くメリットがないならいざしらず、カガリとの婚約はアスラン――引いてはザラ家がどれだけの恩恵を受けるか計り知れない。例え如何に不本意な相手であろうと、今までのアスランならば絶対にこの婚約を受け入れただろう。より良い相手であれば結婚相手など誰でもいいとさえ思っていた。金銭的に何一つ不自由しない、望めば手に入らないものなどない生活。その代償として自分はザラ家のために生きるだけだと覚悟もあった。
事実当初はカガリを望んでいたし、だからこそキラをあてがわれたことに反発しか覚えなかった。
無論常に一番を与えられ、そのための努力も怠らなかった自分に、力の及ばない所で勝手に押し付けられた“二番目”など、さぞや周囲に面白可笑しく笑われるに違いないという、つまらないプライドもなかったとはいわない。

それがキラに逢って、彼の人となりを知り、全てが引っ繰り返った。


キラを得るためならば、くだらない自尊心などゴミ以下だ。
かつてこれほどまでに何かを“欲しい”と思ったことはない。キラを前にすれば、ものごころついた頃から刷り込まれ、使命だとすら肝に銘じていたザラ家を受け継ぐ未来が、急速に色褪せてしまうほどだった。いや、それどころかパトリックのワンマンなやり方ではこれからの経営は難しいとさえ考えていたアスランにとって、キラはそういう意味でも願むべくもない相手なのだ。アスランに正面から向かってくる気の強さと、裏打ちする才能を兼ね備えている。しかも名家と縁戚関係になるのが目的なら、キラだって間違いなくウズミ・ナラ・アスハの息子なのだから。


アスランにとってキラとの出逢いは、砂漠の中から一粒の砂金を見付け出すのと同等だった。
そのキラを裏切るような真似をしてしまったのは計算外ではあったが、話せばきっと解ってくれるだろう。
あれはキラの為でもある選択だった。

それでも信じていた相手に袖にされ、絶望し、哀しんでいるだろうキラの姿は想像するだけで胸が痛む。
一刻も早く誤解だと、心変わりをしたわけではないと伝えてやりたい。




逸る気持ちを抑えて車に乗り込みながら、アスランは馴染みの運転手にキラのアパートへ向かうようにと命じたのだった。




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