拒絶




「大丈夫、お任せください。見ればそちらもお困りのご様子ですし」
この台詞はキラにとっては僥倖だった。渡りに船とまでは言わないが、ここは彼の気紛れを利用させてもらうに限ると、すかさず加勢に回る。
「あの…この人たちもこう言ってくれてるし…。もう僕の心配はいらないから、ね?」
「…――ほんとに、いいのか?」
「酔っ払ったのは僕自身の責任だし。きみは皆と楽しんで来てよ」
「あ・ああ…」
「ごめんね、ヤマトくん」
「ううん。こちらこそ」
申し訳なさそうに謝る女の子に、無理に笑顔を作って答えると、即席カップルはぎこちなくも他のメンバーが去った方角へと歩き出した。


漸くひとつ肩の荷が下りたキラは、完全に路上に尻をついて座り込むと、腹の底から深い息を吐いた。
何だかもう色々限界だ、と思った。


「さぁて!じゃ僕らも移動しましょうかね」
いかにもウキウキとした声に、キラの様子を眺めていたディアッカは、なんとも微妙な表情でバリバリと頭を掻きながら、ご注進申し上げるハメになった。
「…………あのよ、ニコル。盛り上がってるとこ、悪いんだけどよ」
ディアッカの連れの毒舌家の美少年は、勿論アスランの仲間のニコルに他ならなかった。あのアスハ家でのパーティのあと、アスランには逃げられてしまったのをつまらないと思っていたニコルは、咄嗟にキラの方をつついてやろうと企てたのだ。
折角落ちてきた獲物をみすみす逃がすなど、そんな勿体ないことを、ニコルがするわけがない。
思慮が足りないとよく言われるディアッカですら、ニコルの性格上そのくらいの企みは簡単に察知出来たし、自分もキラには興味津々だった。

しかしこれはいただけない。

「ん?どうかしましたか?」
「こいつ…完全に意識を失ってんだけど」
「ええっ!?」
会話を交わしながらディアッカはキラの傍に膝を付き、呼吸を確認したり脈を看たりしてみた。
「――――どうですか?」
「ん~?大丈夫そうだ。極端に冷えてるわけじゃなし、多分寝てるだけ。一緒にいた奴らがどっか行ってくれたからホッとしたんじゃねーの?なんでかは知らんが帰したがってたみたいだし」
「お友達じゃなかったんでしょうかねえ。でも残念だなぁ。折角、僕もキラさんにご挨拶しようと思ってたのに。だって僕だけまだキラさんと面識がないんですよ~!」
ここで解放する気などないクセに、悲痛な声を上げてみせるのが、ニコルの厭らしいところだ。ハンカチでも噛み締めんばかりにエセ臭く悔しがるニコルに、一々付き合う義理もつもりもないディアッカは彼を放置し、さてどうするかと考えを巡らせ始めた。
言わずもがな、キラのためなどではない。
イザークが居るだろう店に連れて行くのも面白そうだ、などと考えるディアッカも、例外なく究極の自分本位な人間だ。
あのパーティの夜のことはイザークまでもがあまり詳しく話そうとしないのも原因のひとつだった。
(隠されると余計知りたくなるっつーのが、人情ってもんなんだよなぁ)
などと一般論に基づく御託を並べてはみても、結局は自分の好奇心を満たすことが最優先事項なのである。
アスランを呼び付ける選択肢もチラリと頭を掠めたが、そちらは即座に却下した。直情型なイザークの方がアスランより落としやすいのを、経験上知っていたからだ。それに僅かだがアスランよりイザークとの付き合いの方が長い。

「…―――ん?」
ふと、画策に忙しいディアッカの、ズボンのポケットに無造作に突っ込んであった携帯が、メールの着信を報せた。
画面に視線を落としたディアッカの口元が、見る間に喜悦に歪む。
「ニコル!」
「キラさ~ん」などと声をかけながら軽く頬を叩いたりしていたニコルの眼前に、その画面を突き出す。
一読したニコルの口元にもディアッカと同じ、質の良くない笑みが浮かんだ。
「普通に僕らの居所を返信しといてください」
「りょーかい♪」




ディアッカへメールを送ってきたのは、カガリのお陰で妙な時間が空いてしまった、アスランからのものであった。





20130420
16/16ページ
スキ