拒絶




「…―――それだけって、え?だって大事なことだろう。私たちはいずれ夫婦になるんだぞ?」
漸く少しずつ回り始めた頭だが、まだ取り纏めるまでは程遠く、しどろもどろになりながらも、どうにかアスランを引き止める。

知識として知ってはいても、カガリはアスランが好き放題やってきた“遊び”の実態をその目で見たわけではない。“遊び”は違法なことはやってないだけ(飲酒・喫煙は常態化)という、お嬢様の想像力など到底及ばない代物で、それには性欲の捌け口も例外なく含まれる。そんな“遊び”を暇潰しにしていたアスランにとって、カガリの言動の端々が勘に障っても、これまで関係を持ってきた女たちだと思えば軽く流せる程度のものだ。無理矢理許婚者の座を奪ってキラを傷付けたのはいただけないものの、アスランが我儘を流せるのなら、カガリにとって有利になりそうなものだが、それは“その他大勢の女”と同じだということでしかない。
つまりアスランにとって、カガリはその他大勢にしか成り得ないのだ。


特別になったのはキラだけで。



だからこれまでの女たちと同様の扱いをすることは、アスランにとって寧ろ当り前のことだった。育った環境がお上品で、カガリが察することなど不可能だというなら、ここらでハッキリさせておくのもいいかもしれない。それがどんなに残酷な現実でも、どうでもいい女の気持ちを慮ってやるほどアスランは優しくなかった。
「この婚姻は政略的なものだ。父が手っ取り早く家の重みや名誉を手に入れるための代価として、アスハ家が傾けば資金援助をかってでる。そういう利害の一致の上で成り立っている。カガリ嬢も知らないわけじゃないだろう?」
「それは!そうだが――!だがそんな利害などただの切っ掛けだと思えばいいじゃないか!お互いがちゃんと分かり合えれば、私たち二人の間ではつまらない前提なんか、関係無くなるだろ!?」
聞いたアスランが、思い切り面倒臭そうな表情に変わるのを、カガリは具に見てしまった。冷たい水に足を踏み入れたかのように、先端から感覚が消えて行く。
「ふん。そうすれば幸せな家庭を築くことも出来るだろうって?生憎と俺にそういう家庭を築くつもりはない」
「!!」
二の句が封じられ、ワナワナと唇を震わせるだけのカガリを見ても、アスランに同情めいた感情は一切湧かなかった。
「勘違いされては困る。どんな都合のいい未来を夢見るのも勝手だが、俺は政略結婚をしろと強制された。それを忠実に実行するだけで、貴女と分かり合う必要なんかない。というか、そういう関係は煩わしい」
カガリだから、というわけではない。ザラ家の後継者であるアスランは遅かれ早かれ、こういう結婚を強制されて、承諾していただろう。結婚というものに夢も希望も最初からなかった。
それでも抵抗しようとしたのは、キラに出逢ってしまったからだ。キラでないなら相手が誰だろうと、金に不自由はさせない代わりに、冷めた夫婦になるのは規定路線だったのだ。前以てハッキリ宣言してやっただけ感謝して欲しいくらいだ。
カガリはかつてアスランが一夜を過ごしておきながら袖にした多くの女たちと同じく、顔面を蒼白にし、固めた拳を小刻みに震わせている。
漸く理解したかと、アスランは温度のない視線で、カガリを見た。
「生憎と俺と結婚するってことはそういうことだ。以後、つまらない理由で呼び出したりするのはやめていただこう」
容赦なく宣言し、今度こそ躊躇うことなく踵を返したアスランを引き止める術など、カガリに思い付くはずはなかった。




13/16ページ
スキ