拒絶




恋とは恐ろしいものだ。有頂天になり、キラはそんな当たり前の現実さえも見えなくなっていた。またはアスランがキラにそんな酷いことをするはずがないと、無意識に信じたからかもしれない。
今でもキラはアスランが示してくれた気持ちを疑ってはいなかった。ただ、キラが見えなくなっていた辛い現実を最初からアスランは念頭に置いていて、様々な条件を鑑みた結果、カガリを選んだ方がキラにとっても得策だと判断したのではないだろうか。そんな気遣いをされても、キラがこれっぽっちも幸せじゃないなんて、少しも考えずに。
アスランが他人とどこか冷静ともいえる付き合いが出来る人間だと、キラも分かっていた。本来人とは損得勘定で動くもので、キラだってアスランと会うまでは、他人との間に敢えて壁を作るよう心がけていた。だからこれについてはアスランばかりを責めるのはお門違いなのだろう。例えアスランの前ではその自戒もいらないのだと思っていたのだとしても。
いくらキラが全身全霊を賭けたといえ、その相手が必ず同じ想いを返してくれるとは限らない。寧ろ重く感じられるのがオチだ。

ただキラの想いの方が大きかっただけ。それでもキラはもうアスラン以外は欲しくなくて。

どうしようもない。多分誰が悪いわけでもないから、どうしようもないのだ。


遣り場のない負の感情は、ついには合コンだからと着飾った女の子たちにまで向かっていた。こういう女の子たちに囲まれた場所が、アスランの居場所なのだと思うと、八つ当たりだと分かっていても、キラキラと照明に反射するアクセサリーすら癇に障った。
(さっさとお開きになればいいのに)

燻る遣る瀬なさと理不尽な自分の気持ちを共に飲み干したくて、キラは手渡されたグラスの中身を煽り続けた。




◇◇◇◇


キラがアスハ家に身を寄せていないかと迎えに出てきた使用人にでも訊いて、居ないなら直ぐ様取って返そうと考えていたアスランだったが、有り得ないくらい恭しく扱われて口を挟むこさえ許されず、あれよあれよという間に応接間のような部屋へ通されてしまった。これがアスハ家次期当主の正式な許婚者になるということなのだと思い知り、心底うんざりさせられる。
覚悟はしていたつもりだが、家柄というものは体面や格式を重んじるはかりで、なんて面倒で非生産的でつまらないものなのだろうか。どこまで行っても自分とは交わりそうにない。
易々と来てしまった軽率な自分を後悔したからといって、黙って去るというのは何だか違う気がする。単にコソコソ逃げ出すのが悔しいだけなのだが、この妙な自尊心こそがつまらないものだと、キラに出会ってから教えられたというのに、分かっていても中々捨てられるものではなかった。

仕方なく由緒あるのだろう絵画や調度に囲まれた部屋で、憮然として腕を組んだアスランの耳に、バタバタと喧しく廊下を駆ける音が聞こえてきた。程なくしてバタンと扉が開く。勿論カガリの登場だった。

生まれてこの方ずっとこの家で育っておきながら、なんでこういうがさつな女になるのだろう。
そんな疑問が一瞬アスランの頭を過ったが、即座に脳内から削除した。どうでもいいことだ。


「お呼びとのことで、伺いましたが」
「あ、ああ…」
「――――?」

わざわざアスランを呼び付けるくらいだから、何かよっぽどの用があったか、そうでなければ今まで彼女が周囲を振り回して来た我儘に、今度は自分も巻き込まれるのかと覚悟はしていた。だがカガリは開けた時の勢いはどこへやら、力なく閉めた扉の前から動こうともしない。というか立ち尽くしたまま、近寄ってさえ来なかった。




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