策士




◇◇◇◇


「…電話、かかってこないや」
教授のミミズの這ったような論文を(時に論理が飛躍している箇所に気付けば追記したりもする)清書しながら、キラは独り呟いた。

アスランが不測の電話に呼び戻された夜、キラがアパートへ帰り付いたのは冬の長い夜も後数時間で空が白み始めるかという時刻ではあったが、眠ることなく連絡を待ってみた。登校する時間が来て漸く鳴らない電話に見切りをつけ、仕方なく大学へ向かったものの、その日一日は寝不足だったことも手伝って、全く集中出来なかった。教室移動時に何度も階段を踏み外しそうになったくらいだ。



あれから数日が経過していた。

こうなってくると厄介なことに、悪い考えばかり募るのが人間というものである。流石にアスランを疑うつもりは微塵も起きなかったが、それはそれで何故連絡をくれないのかと思ってしまう。ひょっとしたら電話も出来ないくらいパトリックの病状はのっぴきならないものなのかもしれない、などと考えれば考えるほど、益々悪い方へと思考が転がって行ってしまうのだ。
いっそこちらからかけてみようかと何度もメモリーを呼び出してはみたものの、結局キラは通話ボタンを押せなかった。もしも本当に取り込み中だったら、と躊躇う気持ちがそれを許さなかった。




「おっと…」
物思いに耽っていたせいだろう。気が付けば端末の液晶には意味不明のアルファベットや記号がならんでしまっている。
「駄目だ。集中しないと」
決して蔑ろにしていいものではない、大事な教授の論文だ。
どっちつかずのモヤモヤが却って色々考え込んでしまっていけないのだ。勝手な都合だと申し訳なく思うが、今夜にでも一度電話してみようと決めたキラだった。


もしものことがあったなら。
なんの助けにもならなくても、せめてアスランの傍に居たい。




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