策士




あくまでも事務的な口調で、彼は「失礼します」と一応の断りを入れてから、手にしていたアスランの上着の内ポケットを探ると、携帯と車のキーを取り出した。
「こちらはお預かりさせて頂きます」
恭しく頭を垂れ、踵を返す姿には口を挟む余地など全くなかった。
というか呆気に取られて見送ってしまったというのが正しい。

閉まった扉がガチャリと施錠された音を聞いて、初めて騙されたのだと気付いたくらいの間抜けさだった。




キラと逢い、彼を“あの場所”に連れて行ったことを、恐らくパトリックは知っていたのだろう。そしてアスランがキラに本気で傾きつつあることに危惧を抱いたのだのかもしれない。
パトリックなら当然“あの場所”の持つ意味を知っている。

だがパトリックにとってカガリを鼻先にぶら下げられた今、キラなど何のメリットもない有象無象と同意義になってしまった。


無論アスランも今まで手を拱いていた訳ではない。カガリと婚約の意志がないことはとっくに宣言している。だがパトリックが苦労を重ねここまでにしたザラ家の地位をさらに磐石なものにという主張に対し、ただキラを愛しているからというだけでは余りに力不足だ。父の意見を変えるにはまずアスラン自身が家のことをちゃんと考えていると分からせる必要があった。だから自分がパトリックから受け継いだものをその先如何に発展させていくつもりか、そのためには聡明なパートナーが不可欠で、カガリでは役不足なのだと、懇々と説いてきたのだ。
尤も古い考えに囚われている父親の「他人をあてにするその考えが甘い」という、鉄壁のワンマンさとはずっと平行線を辿っているのが現状ではあるのだが。


しかしこんな手段に出たということは、もっと他にアスランの知らない展開があったのかもしれない。
出て行くのは簡単だが、それを聞いてからでも遅くはないと、アスランは一先ず腰を落ち着けることにした。



しかしこの考えが甘かったのである。




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