策士




◇◇◇◇


倒れたとは聞いたものの、病院にいるとは限らない。秘書が携帯の電源を切っていたことから入院している可能性も捨て切れなかったが、まずは屋敷へと向かった。使用人に訊けば分かることであるし、病院は時間のロスを悔やむほど屋敷からそう遠くもない。

どちらにせよさぞや緊迫しているだろうと思いきや、いつもと寸分変わりなく使用人が出迎えに現れる。逆に不審に思ったくらいの普通さだった。同時にパトリックの病はそれほど重篤なものではなく、屋敷で療養すれば充分であることの証明だと胸を撫で下ろした。


「アスラン様。どちらへ?」
早速自室ではなくパトリックの寝室へ行きかけた所を、何故か使用人頭の男に引き止められた。
「どちらへって…父上の所だが?」
何を当たり前のことをと、眉をひそめたアスランに、使用人頭は初老の男独特の気難しそうな表情を崩さずに、パトリックは寝室にいないと告げた。


歩き出した使用人頭に促され着いていくと、どうやらパトリックやアスランの普段使っているプライベートエリアとは反対方向へと向かうようだ。
「アスラン様はこちらの部屋にてお留まりくださいとのことです」
やがて重厚な扉の前で男は立ち止まり、中へ入るようアスランに告げる。
そこは客人の間だった。

ザラ家には客が宿泊を必要とした時のために、幾つか来客用のベッドルームがある。その部屋はその中でも滅多に使われない、一等奥まった場所にある、一番豪華な造りのものだ。
開け放たれた室内を見回しても、室内にはパトリックはおろか、誰の姿もない。

「留まるって?父上は――」
「ですから旦那様のご命令です」
「どういうことだ!」
「存じません。私どもは命令を遵守するのみです」




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