策士
・
◇◇◇◇
取り留めのない会話をしながらも、胸の内の焦燥感は片時も消えなかった。
しかもやっとの思いで市街地まで戻り、道なりにあるとある駅の前で、突然キラが降りると言い出したのだ。
まだ彼の住むアパートからは距離があるにも関わらず、である。
「降りてどうするつもりだ。電車なんか動いてないぞ」
「でもまだタクシーなら拾える。うちに寄ってたらその分だけ遅くなるじゃない。いいからアスランは真っ直ぐ病院か家に戻って」
赤貧生活を身上としているキラがタクシーを使うことなど滅多にないはずだ。だがここで遠慮するには余りに愚かである。パトリックの元へ駆け付けたいという気持ちは本当で、アスランは僅かな逡巡のあと、有難く申し出を受けることにした。
「これ来とけ」
腕を伸ばしてバックシートから取り出したのは、あのダウンジャケット。
「…みっともないから嫌なんだけどね」
体格差の分、どうしてもキラには大き過ぎる。ここは山ではないから、ブカブカのジャケットに“着られている”姿は、深夜とはいえさぞや人目を引くことだろう。
元より同じ男として色々と悔しいキラである。ムクれて見せはしたが、受け取ったそれを突き返したりはしなかった。
「気を付けて」
「誘ったのは俺なのに、こんなことになって済まない」
「馬鹿。お父さんのこと、何か分かったら絶対教えてよ?連絡、待ってるから」
「ああ。有難う」
車の中から伸びてきたアスランの手のひらが、屈んで運転席の窓から覗き込むキラの頭に乗り、髪をクシャリと掻き混ぜる。見るからに不安そうなキラを置き去りにするのは断腸の思いだが、彼は他でもないパトリックの心配をしてくれているのだ。
まずは帰って一刻も早く報せてやるのが先決だろう。
先ほど赤信号で停まった時に秘書の携帯にかけてみたが、電源が切れていた。
エンジンを唸らせて走り去る車を見送りながら、キラは胸元に抱えたダウンジャケットを握り締めた。
今夜はもう眠れないだろうと思った。
・
◇◇◇◇
取り留めのない会話をしながらも、胸の内の焦燥感は片時も消えなかった。
しかもやっとの思いで市街地まで戻り、道なりにあるとある駅の前で、突然キラが降りると言い出したのだ。
まだ彼の住むアパートからは距離があるにも関わらず、である。
「降りてどうするつもりだ。電車なんか動いてないぞ」
「でもまだタクシーなら拾える。うちに寄ってたらその分だけ遅くなるじゃない。いいからアスランは真っ直ぐ病院か家に戻って」
赤貧生活を身上としているキラがタクシーを使うことなど滅多にないはずだ。だがここで遠慮するには余りに愚かである。パトリックの元へ駆け付けたいという気持ちは本当で、アスランは僅かな逡巡のあと、有難く申し出を受けることにした。
「これ来とけ」
腕を伸ばしてバックシートから取り出したのは、あのダウンジャケット。
「…みっともないから嫌なんだけどね」
体格差の分、どうしてもキラには大き過ぎる。ここは山ではないから、ブカブカのジャケットに“着られている”姿は、深夜とはいえさぞや人目を引くことだろう。
元より同じ男として色々と悔しいキラである。ムクれて見せはしたが、受け取ったそれを突き返したりはしなかった。
「気を付けて」
「誘ったのは俺なのに、こんなことになって済まない」
「馬鹿。お父さんのこと、何か分かったら絶対教えてよ?連絡、待ってるから」
「ああ。有難う」
車の中から伸びてきたアスランの手のひらが、屈んで運転席の窓から覗き込むキラの頭に乗り、髪をクシャリと掻き混ぜる。見るからに不安そうなキラを置き去りにするのは断腸の思いだが、彼は他でもないパトリックの心配をしてくれているのだ。
まずは帰って一刻も早く報せてやるのが先決だろう。
先ほど赤信号で停まった時に秘書の携帯にかけてみたが、電源が切れていた。
エンジンを唸らせて走り去る車を見送りながら、キラは胸元に抱えたダウンジャケットを握り締めた。
今夜はもう眠れないだろうと思った。
・