策士




「アスラン!!」
もう一度、こちらを見て欲しい一心で、縋るように名を叫んだ。カガリとアスランに向けられていた客の視線が、一斉にキラへと集中する。出てしまった大声に、自分でも吃驚してヒヤリとしたが、どうせ最初からその覚悟で来たことを思い出す。

カガリの正式な許婚者として、この男が相応しいだろうかと、半分は喬つ眇めつしつつ、あとの半分は物見高さも手伝った期待感に、既に広間は静まり返っていた。あのアスハの後継者の将来の伴侶がいよいよベールを脱ごうとしていたのだから当然だ。しかしそんな空気をまるで読まない振舞いをしたキラを、招待客はまた違った沈黙で応えた。それは冷たく無機質な、異様な静寂だった。
「キラ!?」
引き裂くような声をあげたのは、カガリ。その名がウズミの息子の名であると知っている連中から、さざ波のような動揺が広がって行く。
誰からともなく後退り、いつしかキラの周囲にも、一定の距離を置いた人垣が形成されていた。


そんな中でも、アスランだけがキラへと視線を向けることはなかった。
存在自体を消されているようで、堪らなく辛く哀しい。
でも竦んでばかりもいられない。




「…―――アスラン、こっちを見てよ」
口から出たのは、本当にこれが自分の声なのかと、信じられないほど情けない声だった。
「ほら、この服。きみが買ってくれた服だよ。急な雨でさ、僕が濡れてたからって買ってくれたじゃない」
まだそんな前の話しではない。アスランにしてもまさか忘れてはいないだろう。その後の出来事も。
それでもキラは記憶を失ってしまった相手に説明するように、前後の状況を話して聞かせた。
まるでキラ自身が幸せな思い出を辿るかのように。




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