策士




こんな場ではまず有り得ない黒一色の衣裳。地味ではあるが、煌煌と灯された明かりを跳ね返す光沢が、上等な布を使ってあると思わせる。忙しく行き交う使用人たちも似たような黒の服を身に着けているが、明らかに一線を画しているのは、生地の所為ばかりではなかった。


(あれは――)



イザークの目を引いた黒一色の姿は、身内の婚約披露パーティにも関わらず、何故か客席にひっそりと佇むキラであった。




◇◇◇◇


何もかもを捨てる覚悟でここへ来た。途中何人もの使用人に呼び止められたが、全て振り切ってひたすら目的の場所を目指した。行き先の見当はついている。名門中の名門であるアスハ家の後継者の許婚者を、内外に披露する場なのだ。一番大きくて豪勢な広間を使うだろうから。予想は外れることなく、招待客の賑やかな喧騒が洩れ聞こえる大扉を、僅かに開いて身を滑り込ませるように広間へと入った。
一応キラは“家族”だ。こちら側に居るのは間違っている。だが決意を前にカガリに会いたくなかった。それで気持ちが揺らぐことはなくても、色々と言うのも言われるのもごめんだった。

キラは今夜、衆人環視の中、カガリからアスランを強奪する気で来た。
我ながら思い切ったことをしようとしていることも分かっている。
万が一でもアスランが躊躇ったら、恥をかくのはキラだ。でもあの星空の下、告白してくれたアスランに、今度はキラが返す番だと思う。いや、彼と同じかもしかしたらそれ以上の想いを返したかった。
それにきっともうここまでしなければ、アスランを手に入れるなんて夢のまた夢になるだろう。例えザラ家から強い圧力がかかったのだとしても、あのウズミまでがここまでキラを蔑ろにするとは思いたくなかった。
ひょっとしたら何某かの交換条件が出されたのかもしれない。キラを娶るのでは到底望めないような好条件の提示だって有り得る話だ。




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