策士




◇◇◇◇


当代一の名門と謳われるアスハ家次期当主であるカガリ・ユラ・アスハの正式な許婚者のお披露目となれば、歴史の重さを感じるばかりの屋敷も自然、華やぐというものだ。普段は無駄に広過ぎる庭も、来客たちの臨時駐車場に様変わりしていて、さながら高級車の品評会の様相を呈していた。運転手たちにも部屋と食事くらいは振る舞われるのだろう。とっぷりと日が暮れてからひっそりと現れた細い姿を目にする者は誰も居なかった。仮に人目があったとしても、気に留めもしなかったろう。招待された客はみんな競うように色とりどりの美しい衣裳を纏っていたし、まず100%自家用車で正面玄関まで乗り付ける。対して外灯の薄暗い場所では少女だか少年だかも判然とし難いその人物が身に付けている服は黒。しかも徒歩とくれば出入りの業者かアスハ家の使用人程度にしか思われなかったに違いない。


無論、それはキラの姿であった。
キョロキョロと辺りを見渡し、周囲に人影がないのを知って思わず安堵の溜息が出る。そしてすぐに小さく舌打ちした。
(こんな弱気でどうするんだ!)
自分はもっと大胆なことをやってやろうと決意して、此処へ来たというのに。
静かに拳を握り締め、キラは自らを再確認した。


その手の中に確かな闘志が存在することを。


(今までなにも掴めなかった手だけれど――!!)
それは諦めたからだ。欲しがって手に入らなかった時の落胆が恐くて「どうせ僕なんて」と言い訳してきた所為だ。

だが一度くらいは頑張ってみてもいいと思った。こちらから取りに行かないと手に入らないものだって、きっとこの世にはあるはずだから。
もしも駄目だったら…と先の心配をしかけて、キラは慌ててその考えを頭から振り払った。


顔を上げ、石造りの巨大な洋館を見据える。何度目にしてもここが自分の“実家”だなんて思えなかったキラにとって、今は難攻不落の“要塞”にも等しいその佇まい。
キラは臆することなく、真っ直ぐに歩き始めた。



目指すは華やかなパーティ会場。




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