策士




◇◇◇◇


カガリからの爆弾発言のあと、キラは自分がどんな遣り取りをして電話を切ったのか全然覚えてなかった。
そのくらい衝撃的だった。
しかし自分は聞いて知ってもいたはずだ。アスハ家では“次期当主が20才を迎える時に正式な許婚者が決まるのだ”と。このままではセイラン家の宜しくない嫡男と婚約させられてしまうカガリがコトを急ぐのは当たり前で、悠長に構えていた自分が今更驚くのは滑稽なのかもしれない。
でも無為に時間を浪費したとは思えなかった。寧ろ必要な時間だったと言える。それがなければここまでアスランと分かり合うことはなかったからだ。以前のキラなら“連絡する”と言われてもリップサービスくらいにしか受け止めなかったろうし、例え鵜呑みにしても鳴らない電話に「やっぱり僕なんか」と落胆したに違いない。何もかもが信用出来ずに、根拠の無い憶測でアスランの不実を詰るなんて事態になった可能性さえあった。

だが時間をかけたために、絶対に裏切りはないと言い切れる今、カガリからもたらされた事実はショックには違いなかったが、アスランの現状を掴む貴重な手掛かりにもなった。

ひょっとしたらアスランは、連絡をくれないのではなくて、出来ない状況下に置かれているのではないかと気付いたのだ。カガリの言い方から察するに、今夜の婚約披露はザラ家からの申し出のようだった。それにウズミにはキラの本心を打ち明けてあるのだから、アスハ家から積極的に、というのは考え難い。とすればパトリックの急病説も俄かに疑わしくなってくる。当主が病に倒れて先が無いと分かり、後継ぎの結婚を急いだ可能性もあるが、あれからまだ数日だ。いくらなんでも話が早過ぎる。
もしもパトリックの急病説が、ただアスランを拘束するのが目的の手段だったとしたら――。

拘束されているとすれば、連絡が来ない理由にもなるのではないか。




翌日、所謂婚約披露パーティの当日だが、キラは初めて大学をサボッた。一日中部屋で独りずっと考え続け、やがて夕刻を迎える頃、着替えのために立ち上がる。

粗末なクローゼットを開ける指先に、もう迷いはなかった。




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