策士




「ふん。あんな所に連れて行ったぐらいだから、入れ込み具合は相当のものだろうと思ってはいたが、気がしれんな。そんなにあの弟にご執心か?」
「ええ。母上との相性も悪くはないんじゃないですか?何しろこの俺の鼻先を捕まえて引っ張り回すくらいの気の強さは希少価値だと思いますね」
「お前がそういう趣向を好むとは、意外だな」
「不本意ながら、父上の息子ですから」

とうとうパトリックは息を呑んで言葉を失った。アスランも口下手な方だが、半分あの母親の血を引いている分、口では僅かに勝機があるのだ。しかし細やかな勝利に浮かれるほどおめでたくもなかった。
最後の切り札を握っているのは常にパトリックの方だからだ。

「明日の夜、カガリ嬢との婚約披露パーティを開く!政財界のお歴々を大勢招待してあるから、どんな御託を並べようとお前にもう逃げ場はない!!」
「はぁ!?」
突然の話題転換、しかも聞き捨てならない内容に、思わず素っ頓狂な声が上がる。
「それまでここで頭を冷やしておけ!いいな、これは“命令”だ!!」
「っ!父上!!」
アスランの悲鳴じみた声に応えたのは、足取りも荒く部屋を出たパトリックが立てた、扉の大きな開閉音だけだった。

ザラ家の当主はパトリックだ。“命令”されればアスランは従わざるを得ない。これがパトリックの持つ“切り札”で、一度発動すれば、それまでいくら心を砕いて説得を試みたとしても、全てを無に帰してしまう威力を持っている。


明らかにアスランの作戦ミスだったといえよう。キラへの告白に母の力を借りようなどと思ったのが間違いだったのだ。無論アスランとてキラをあの場所へ連れて行って、何も影響がないなどと甘いことを考えていたわけではない。だが計算違いだったのはパトリックの母に対する想いだった。



再び独り残された室内で、アスランは自分の迂闊さを呪い、奥歯を噛み締めるしか術は残されてなかった。




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