幸い足には自信がある。しゃくりあげながらの全力疾走は辛いものがあったが、肺が潰れた酸素不足によって脳細胞が破壊されても構わないと、些か脈絡のないことを少しだけ残った冷静な部分で考える。


泣くなんて格好悪い。
何よりアスランが自分と同じ気持ちでキラを想ってくれていたと、勝手に思い込んでたなんて格好悪過ぎる。


思い上がった自分が恥ずかしい。



傷付く資格すら、僕にはなかったのに。




でも好きで。多分もう後には戻れなくて。

独りになったらこれからのことをじっくりと考えてみる必要がある。
取り敢えず落ち着きたい。




そう、思ったのに。




「―――っ!キラっ!!」

どうして、何で。
きみは追い付いちゃうのかなあ。

痛いくらいの力で肩を掴まれて、振り向かされる寸前、キラは思い切り肘を挙げ、後方のアスランの体目がけて突き出した。
「ちょ――危な!」
どうやら運動神経も悪くないらしいアスランはそれを難なくよけながらも、キラを拘束する腕は弛まない。
「放して!」
奇襲が空振りに終わってしまい、残る手段はこれしかないとばかりに、キラは目茶苦茶に暴れ始めた。如何にキラが華奢だろうと同じ男である。流石のアスランも手に余り、小さく舌打ちすると、後ろから全身を覆うように抱き締め、キラを腕の中に閉じ込めた。


「……話し、しよう」
僅かに乱れた呼吸を耳元に吹き込まれる。たったそれだけのことで、あれだけ暴れていたキラの身体から一気に力が抜けた。
「…なに?さっきも言ったけど、僕今日は帰る。帰りたい」
「駄目だ」
「きみの許可は必要ない!」
目頭は痛いほどの熱さを訴えたままで、涙は止まってくれる気配すらない。苛立ちを全てぶつけるように、キラは叫んだ。

「―――必要だろ?」


でもアスランの腕と声は少しも揺るがず、キラを絡め取って縫い付ける、甘い楔のようだった。



「何故なら、俺はお前の許婚者だから」




暗い駐車場で、二人は抱き合ったまま、途方もなく立ち尽くした。





20120218




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