「あ、れ…?」
何かが頬を伝って落ちる感覚。
もう長い間感じることはなかった懐かしい感じ。でも自分はこれを知らないわけじゃない。

膝の上に置いてあった手に、ぽたぽたと透明の雫が落ちた。まるで答えのように。


(涙?何で――?)



母を喪った時、誓った。独りでも強く生きなければと。その中でも一番強かったものは。

―――絶対に泣かない。他人に涙を見せない、こと。


だったのに。


まるでそれが絶対の強さであると信じ込むように、キラは今までひたむきにその誓いを守って来た。例え新たに現れた“家族”にさえも、弱味にしかならない涙など見せられないと思った。
暫くぶりの所為なのかどうなのか、一度出てしまった涙を早く止めたくても、俄かにその方法が分からなくて狼狽する。

「っ!ごめん!」


離れていく恋人に泣いて縋る男女の愁嘆場なんてドラマや小説の中の出来事だと思っていた。しかもそれを自分がやろうとしているなんてまさかのまさかだ。悪い夢なら覚めて欲しいくらいである。

(ううん、違うよね)

アスランとキラが“恋人”だった瞬間は多分一度もないのだろう。全てはキラの願望が見せた産物。尤も“セフレ”くらいにはなったのかもしれないが。と、自嘲出来たのはほんの僅かだった。


「僕っ!今日は帰る!!」
「おい!!待て――」
車が停まっていて良かった。

このままでは涙を止めるどころか、本格的に泣き出してしまいそうだったから。
“傷付いている”と自覚するのはそれ程までにキラにとって衝撃だった。


咄嗟に伸びてきたアスランの腕に捕まるより一瞬早く、キラは車外へと飛び出した。
そのまま躊躇うことなく闇雲に走り出す。
「キラっ!!」
背後でドアが開く音と共に、アスランに鋭く名前を呼ばれたが、振り向く勇気はなかった。




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