アスランは既にカガリとの婚約の意志がないと、はっきりキラに告げている。それを早々にパトリックにも宣言した。
自分たちが生きるこの世界に於いて、決して珍しいものではない政略結婚に、共に戦っていきたいという決意を込めて。
キラもそれに応えてくれたと思っていた。実際ウズミというキラにとっては大き過ぎる相手にそれでも抗ったのだと、今さっき自分で言ったばかりではないか。
なのに一番の障害であるカガリに、ひょっとしたら尋かれたからかもしれないが、自分の携帯番号を教えるなど、最早裏切り行為以外のなにものでもない。いくらカガリがなさぬ仲の実姉だとしても、どうしても嫌だったら番号など知らないととぼけることだって出来たはずだ。


アスランがハンドルを殴り付けた剣幕に僅かに肩を震わせたものの、責めるかのような質問への返答は、存外に落ち着いたものだった。
「……、教えたのは僕じゃないよ。番号はきみの家の人に聞いたってカガリ本人も言ってたから。“許婚者のカガリ・ユラ・アスハだ”って言われれば、あの優秀な使用人の人たちだって、断る術を持たなかったんじゃない?」

感情を籠めないように細心の注意を払った呟きの根底にあるものは“自分ではない”という安っぽい弁解などではなかった。


キラの心中は誤魔化しようもない虚しさに満たされていたのだ。

冷たいものがしんしんと肩の上に降り積もって行く感触。重さに耐え兼ねてどんどん身体は鈍くなるのに、感覚は反比例して益々鋭くなっているらしく、思い出したように時折体内を駆け巡る痛みを殊更強く感じた。

そういう名も付けられないマイナスの感情が、きっとそのまま表情にも出てしまっているだろう。


既に冬の太陽は西の空へと沈み、車内は薄闇に包まれていたが、この距離である。こんな酷い顔、万が一にも気付かれたくはないと、キラは殊更大きく息を吸った。


必要なことを告げるのに、声が震えるなんて絶対に嫌だった。




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