◇◇◇◇


「訊いてもいいか?」
大学前で車に乗せてから、キラはずっと黙ったままだった。受け答えはしてくれるものの、どことなくうわの空ですらあった。
電話の時から様子がおかしいのは感じていたが、キラは放っておいても話してくれるようなタイプではないし、まだそこまで信頼されている自信もないアスランである。
嫌々婚約をしていた時とも違う、どこか寂しそうな横顔に、アスランが思い当たることなど一つしかなかった。
「ひょっとして、婚約の話で何かあったのか?」
と、キラはもののついでのように言った。
「あ、そうだ。それを報告しとかなきゃね」
それ以上大事な話はないと思うのだが、まるで取って付けたような言い種である。
「現時点できみの許婚者を降りる意志が僕にないこと、父に話したから」

「そ・か」


余りにも予想外で、アスランの返事も何だかそっけないものになってしまった。

自分も父親にはかなり支配されていると思うが、キラにとって“許婚者でいたい”と宣言するのがかなり難しいことであったのは間違いないだろう。
尤もアスランがパトリックに持っている感情は反発心の比重が高く、父親というよりもいつか越えねばならない壁のような存在だ。同じように父親から受ける影響力が半端ないとはいえ、キラはもっと複雑な事情を抱えているのである。

世間的にも名高いアスハ家の当主ウズミ・ナラ・アスハ。偉大過ぎる彼が父親だというだけで、相当なプレッシャーである上、妾腹という負い目を抱えているのだ。しかも調べさせて分かったのだが、キラが自分の父親がウズミだと知ったのも、どうやらここ数年のことのようだ。そんな雲の上の人物にいきなり父親だと言われても、はいそうですかと切り替えられるほどキラは器用ではない。母親と二人きりの慎ましい生活をしていたのなら尚更、それまで放って置かれたことをさぞや悔しく思ったに違いないだろう。




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