◇◇◇◇


『キラか?』
予想に違わずアスランは数コールもしない内に電話に出てくれた。耳元に聞こえるアスランの声に、どうしようもなく体温を上げられる。異様に速くなる鼓動を悟られないように、かなりの努力を余儀なくされたキラだった。
『うん。えーと…丁度手が空いてる時だったから、メール見たんだけど』
『そっか。キラ、いつか空いてる日、あるか?』
その声が妙に甘く感じて、キラは必死で首を振って、それを打ち消した。
『昼間はずっと大学に詰めることになってるから、夜でも良ければ…』
『冬期休暇なのにか?だが夜は夜で他のバイトが入ってるんだろ?』
それは少しでもキラの生態を知る人間ならば当然の疑問だったのだが、キラはプツリと押し黙った。

『――――キラ?』
珍しく言い淀むような気配に、アスランは首を捻る。と、少しだけ息を吸い込むような空気の音が、携帯を通して聞こえた気がした。
『…ううん。夜は暫らくバイト入れてないんだ』
今度はアスランが絶句させられる番だった。

確か去年はイブでさえケーキ売りのバイトなんかをやっていたはずだ。


そのキラが?



『何かあったのか?』
『別に。単に都合のつくバイトがなかっただけのことだよ』
間を置かずすぐに返事が返ったのは、既に用意されていた答えだったからとも受け取れた。

『だから、今夜も空いてる…から』


この台詞を追及するほど、アスランも不粋ではなかった。キラは遠回しに“今夜会いたい”と言ってくれたのだから。


『じゃあ、迎えに行く。何時がいい』
実験の進行具合に頭を巡らせてから、キラは短く時間を指定して電話を切った。

直ぐ様、大きく安堵の息を吐く。
色々と不自然に思われた所もあっただろうが、今何も訊かれなかったのはとにかく幸いだったと、キラは誤魔化し切れた自分を少しだけ讃えたのだった。




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